【考察】どうして人間はわかりやすい嘘やデタラメを信じてしまうのか? ~反フッ素・反ワクチン主義者を理解する上で重要な6つのこと~

投稿者: | 2022年4月2日
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 現在(2022年3月),新型コロナウイルス オミクロン株感染収束の兆しが全くありません.新型コロナウイルス感染症により多くの尊い人命が奪われ,医療がひっ迫している現実がありながらもなお「新型コロナウイルスは実在しない」「マスクは意味がない」「ワクチンは人類を滅亡させる」などという主張を持つ人がいます.実際,私が参加した非医療者のセミナーでウイルス学と何の関係もないただの歯科開業医が「新型コロナウイルスはただの風邪」「緊急事態宣言などはおかしい」と主張しているのを目の当たりにして茫然としました.

 わたしたち予防歯科医もこのような科学的根拠のないデマと日々戦っています.予防歯科において「反フッ素」が最たる例です.予防歯科医学は科学的根拠の上に成り立たねばならず,科学的根拠に反するこのようなデマとは断固として戦わなければなりません.今回は,反フッ素・反ワクチンなど,どうして人間はわかりやすい嘘やデタラメを信じてしまうのか?と題し,考察していきたいと思います.

 当初,この問題を調べていくにあたり,心理学的な側面からアプローチしようとしていました.しかし,それでは完全に彼らのことを理解するには不十分であり,歴史や政治,所謂社会学的な側面からのアプローチの必要性を感じました.反フッ素・反ワクチン主義者を理解する上で重要な6つについて分類し,記載しました.

 

1.大義名分と自己肯定感 ~革命主義思想の衰退と自己肯定感~

 現在,昭和の時代に起きた学生運動などの革命主義思想が流行しないように,連帯感や社会に対する強い使命感や抵抗感を持つ人が少なくなっています.反フッ素・反ワクチンなどを主張する運動は,昭和の時代の若者が革命主義思想により強い連帯感と使命感を感じていたように,実在しない「仮想悪」を作り上げ,その悪と戦うという大義名分により強い連帯感と使命感を生み,そして自分自身を肯定しているようにみえます.

 反フッ素・反ワクチンのメディアを注意深く見ていると,医師や歯科医師など分野の自称専門家が「こうしなさい」「こうすれば救われる」などと啓蒙活動のようなことをしています.彼らの主張は科学的根拠のない独善的な主張ではあるものの,その声は自分の正当性を科学の妥当性を超えて主張する必要があるために大きく,内容が衝撃的であるために聞いている人々は扇動され,科学的根拠の乏しい主張に惑わされてしまうことが多いこともまた真実なのです.

 衝撃的な内容を大きな声で主張するということは,自称専門家自身の自己肯定感を生み出すものであり,私は巨悪と闘っている,多くの人を救っているのだという一種の自己肯定感を与えてくれる行動だと考えることが出来ます.また,他のみんなは巨悪に騙されているが,私は真実を知っているのだという自己肯定感も得ることが出来ます.

 

2.自己のストレスからの逃避行動 ~自分の考えを改めることの困難さ~

 陰謀論に騙されてしまう人の多くは,自己が抱えているストレスや矛盾からの逃避行動であると言われます.自分の考えていたことが実は正しくなかったり,誰かに否定された時,少なからずストレスを感じます.ストレスを感じた場合,解決策を模索する/修正する方向に向く人もいますが,大多数の人は考え方を曲げなかったり,その現実から目を背けたりします.なぜなら修正することには大きなストレスが伴うからです.

 解決策を模索するか,目を背けるか,それを考えること自体もストレスになってしまうということもあります.それならば,わかりやすい主張に同意しておこうと考えてしまう人もいます.また,人間は一回目を背け逃げてしまった課題に対し,再度考えを改めて向き合うということはあまりないように感じます.

 

3.既存文化に対する対抗文化 ~ヒッピーやヨガ,マリファナとカウンターカルチャー~

 1960年代後半,米国では旧来の価値観や権力に抵抗するカウンター・カルチャー(既存文化に対する対抗文化)を担うヒッピーが登場します.当時の米国では大量消費社会を迎え,さらにベトナム戦争への反戦運動が高まりを見せていました.ヒッピーは自分たちの置かれている西洋思想よりもインドなどの東洋思想に興味を示し,毛沢東思想やヨガ,マリファナ,LSD,菜食主義などの自然志向や反戦,非暴力,音楽,アートさらに奇抜な髪型や服装などによって対抗(カウンター)しようとしました.彼らは農薬や添加物などの化学物質に抵抗を示し,水や環境問題を提起し,食についてはオーガニックを求めました.

 1973年の米軍撤退に続いて1975年のサイゴン陥落によってベトナム戦争が終結し,パンクに置き換わるように米国でのヒッピー文化は急速に衰退していきます.実際には完全に衰退したものもあれば,ヨガのように本来の思想修行法から身体的ポーズ(アーサナ)による健康法と姿をかえ現在でも継続しているものもあります.

 ヒッピーの若者がそうだったように,反フッ素・反ワクチン論者のほとんどは科学にバックグラウンドを持たないものであり,フッ化物やワクチンなど化学物質の悪い面を一面的に捉え,「科学そのものに対抗する」というカウンター・カルチャーそのものと言ってもよいかもしれません.

 

4.反知性主義とWeb・SNS ~WebやSNSに正しさを求める危うさ~

 メディアで発現する科学の専門家や医師などの有識者に対し「理論ばかりで何もしないくせに」「国民の気持ちなど理解していないくせに」「反民主主義的で信用できない」などと反対する人がいます.それらの主張は「反知性主義」と呼ばれます.科学的な根拠を主張する専門家は国民にとって少数派な存在であり,大多数の国民の立場にはありません.反知性主義の人々が持つ武器は,現代ではWebでありSNSなのです.専門知識を持たない素人でも自分の意見を持つことが容易になり,それらの意見も尊重されるべきだと主張します.

 人々は漠然とした不安を打ち消すために,なんとかその原因を突き止めようとします.反知性主義者でなくても多くの人がWebやSNSを利用して情報を得ようとします.Webや SNSで流れてくる情報には,ワクチンやフッ化物を危険だ,などと科学的根拠を無視して主張する陰謀論とでもいうべき情報が溢れています.そのようなWebやSNSには,「いかにも」なデータが添付され,科学的なバックグラウンドを持たない一般人が鵜呑みにしてしまう巧妙さも持っています.バックグラウンドを持たない一般の人が不安を打ち消すための原因検索で納得できる十分な情報であり,そこに科学的な背景や真偽を検証するというプロセスはありません.

 書籍や研究データではなく,WebやSNSに情報を求めると薄っぺらい情報のみしか得ることが出来ません.「反知性主義」を利用しようとする企業,政治家,詐欺師もいます.本来,一般の人が不安に感じる時にWebやSNSをよりどころにするのではなく,身近な情報ソース(テレビなどのメディア)や,新型コロナウイルスやワクチンなどはかかりつけ医が正しい情報提供を行う窓口・存在になるべきだと考えています.

 

5.確証バイアス,フィルターバブル,エコーチェンバー現象 ~閉鎖的な環境下における情報拡散~

 心理学では,自分の持論や仮説を検証する際に反証する情報を集めずに支持する情報ばかりを集めてしまうことを「確証バイアス」と言います.
例えばワクチンに対し否定的な意見を持つ人は,Webで「ワクチン 接種」「ワクチン 効果」ではなく「ワクチン 危険」「ワクチン 副作用」などと検索します.同様にフッ素に対し否定的な意見を持つ人は「フッ素 予防」ではなく「フッ素 危険」などと検索しています.偏った情報ばかりが手に入り,それらは自分の持論や仮説に対し納得させる材料になってしまいます.

 Webで1度見た広告や興味のある広告が何回も繰り返されて表示される経験はありませんか?これはWeb用語でトラッキングと言います.自分の欲しい情報が検索結果として得られると検索エンジンの評価が高まり,個人の好みに合った広告が検索エンジンで表示されると契約に繋がり易くなります.このように検索エンジンではアルゴリズムを進化させ,ユーザーにパーソナライズされた検索結果が得られるように日々進化しているのです.自分がなにかを調べようと検索エンジンに入力しても,検索エンジンのアルゴリズムによってフィルターがかかった検索結果が表示されます.このことは「フィルターバブル」と呼ばれ,情報検索の際に検索エンジンに依存していると,フィルターがかかった偏った情報しか得られなくなっていきます.

 また,似たような言葉にエコーチェンバー現象があります.SNSの反ワクチングループなどの閉鎖的な環境では,同じような意見がエコーのように反響して返ってくる「エコーチェンバー現象」が起こります.閉鎖的で狭い空間にいる人々は「(閉鎖的で狭い空間の)周りの人が私の意見と同じなのだから,それは正しいに違いない」などと誤解しやすい状況に陥りやすくなります.
 様々な専門家がワクチンの有効性や副反応について正しい情報提供を実施しています.ワクチンに対して偏見なく広く情報を集めることができれば,さらにそれらの情報を正しく理解することができれば,どちらが正しいのかについては充分理解できるはずです.

 

6.ビジネス・政治利用 ~企業や政治に操られる人々~

(1)企業が作り上げるイメージ戦略としての安心・安全

 やさしい色合いのイメージキャラクターや赤ちゃんのイラストを取り入れたり,メーカーは製品を販売するため,ありとあらゆる手段で安心・安全を作り上げます.一般消費者の心をくすぐりブランドイメージを上げようとします.また,「天然成分」「化学物質無配合」「オーガニック」「ヘルシー」「遺伝子組み換えでない」という文言のイメージだけで消費行動をとる人々もいます.実際にどのような根拠かという疑いを持つことなくその言葉のイメージで消費行動をとるのです.企業はそれを知っていてパッケージに記載しているのです.

 例えば,「遺伝子組み換えでない」という文言によい印象を持つ人は多いはずです.遺伝子を組み換えることにより除草剤を使わないで済んだり,安定して収穫できたりするメリットもありますが,消費者の多くは遺伝子組み換えによるデメリットをWebやSNSで入手し,遺伝子組み換え=体に悪いというイメージだけで消費行動を取ってしまうのです.確かに未だわかっていないことも多く「危険ではないかもしれないが,安全でもないかもしれない」と捉えることも出来ます.少しでも安心・安全を求めたい消費者心理は理解できます.しかし,遺伝子組み換えではない作物に使われている除草剤は人体や環境に害を及ぼすことなく,完全に安全だといえるのでしょうか?害があると主張するよりも害がないと証明することは消極的事実の証明(悪魔の証明)となり,害があると主張するには1つの害があることを証明すればよく,害がないと主張するにはすべての害がないことを将来的に発生する可能性のある未知の害も含めて証明しなくてはならないからその作業は非常に困難を伴います.

 天然・安全・安心を謳う石鹸成分の歯磨剤に代表されるように,その製品の効果が乏しく,高価であると認識しておきながら一般消費者の好む安心・安全であることをアピールし,ブランドイメージを優先して作り上げます.例えば「天然成分で化学物質無配合,フッ素なんてもってのほか」とする歯磨剤があったとします.その製品は本来歯磨剤に含まれるべき機能であるう蝕予防や歯周病予防,プラーク除去効果として有効に機能する化学物質の効果が含まれていないことの弊害について触れずに販売しています.それらが配合されている製品を使用している人と使用していない人では,あきらかに得られる利益に差があるという不都合を隠して販売されているのです.このように企業が作り上げるイメージ戦略としての安心・安全についても考慮に入れるべきだと考えます.

(2)マルチ商法・不安商法への利用

 マルチ商法などでは,有益あるいは有害であることを理解しつつ金銭の獲得を目的に消費者に勧めることがあります.マルチ商法某社では20万円程度の空気清浄機を販売しています.しかし,日本の大手メーカーでは5万円程度で同等の機能を持つ空気清浄機を購入することができます.きっとマルチ商法のメンバーは「性能が違うから」「他社の製品〇〇だが,ウチのは××だから」とマルチ商法のビジネストークを展開し勧誘するでしょう.自分では性能差がなく価格が高いことを理解しつつも,ビジネス・利益のためにそうせざるを得ないということです.

 マルチ商法ではなくても,自分ではフッ化物等が配合されていなければう蝕予防にならないことを認識しつつも「化学物質無添加」などと効果が乏しく高価な商品を消費者に勧めることがあります.それらは完全にビジネスとして実施しており,そのセールストークを信じ効果が乏しく高価な商品を購入してしまう消費者もいます.

 マルチ商法とは目的を異にしますが,「不安商法」も本項を記述する上で必要不可欠なビジネスです.東日本大震災の後,悪質なリフォーム業者が地震や水害等の危険性をあおり,本来不必要な工事を実施したり,設備を装着するなどして高額なリフォーム代を請求したのが問題となりました.2019年6月に改正消費者契約法が施行され不安商法は罰則の対象となっており,これらの契約を取り消すことができるようになりました.しかし,インターネット上の動画サイトなどでは規制の対象となっておらず,現在でも「フッ素やラウリル硫酸ナトリウムは危険な化学物質なので〇〇を使用するように」などと不安を煽り科学的根拠に基づかない情報を主張するものが公開・配信されています.

 

(3)政治的判断・外交カードへの利用

 反フッ素,反ワクチンと直接結びつきづらいですが,政治的判断・外交カードへの利用というのは無視できません.科学的根拠による正しさよりも政治的判断・外交カードへの利用が優先されてしまうということがしばしば起こっています.福島第一原発事故を受けた福島県産農産物などの禁輸措置の風評被害が例です.事故後,日本産食品の輸入規制を導入したのは55カ国・に及びました.事故後10年間でそのほとんどの規制は撤廃されました.しかし,安全基準の厳格化により,科学的にはむしろ安全性が高いのにも関わらず,中国や台湾,韓国など東アジア地域を中心として規制が残っていました.2022年2月,台湾が福島県など5県産農産物の輸入解禁を決定しました.今回,台湾の思惑はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)との関連性を指摘する報道があります.このように科学的な視点から外れて政治的判断・外交カードとして利用されてしまうこともあります.

 

 今回は「どうして人間はわかりやすい嘘やデタラメを信じてしまうのか? ~反ワクチン・反フッ素主張を考察する~」について記事を書いてみました.そういう人を見かけたらどう対応するかや私個人の考えについては反響・機会があればまた記事を作りたいと考えています.

 

参考文献

雨宮純 あなたを陰謀論者にする言葉 フォレスト2545新書 

PHOTO:Malmo