患者さんに禁煙してもらいたいけれど、なかなか強く言えない・止めてくれない・・・そういう悩みは日々の臨床で誰しもあると思います。しかし、歯科医療従事者として粘り強く禁煙に取り組んでもらわなければなりませんし、禁煙に成功してもらわなければなりません。
今回は、喫煙のリスクについては充分ご存知だと思いますが禁煙へのお勧めのアプローチ、電子タバコなどの新しい情報についてご紹介し、一緒に考えていきたいと思います。
1.喫煙のリスクを再確認する
・ 肺がんになるリスクが高くなる。
・ 肺がんの他にも各種がんのリスクが高くなる。
・ 虚血性心疾患(心筋梗塞等)のリスクが高くなる。
・ 慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクが高くなる。
・ 胃潰瘍や十二指腸潰瘍になるリスクが高くなる。
・ 母の喫煙によって子が喘息などのリスクが高くなる。
・ 親の喫煙によって乳幼児突然死症のリスクが高くなる。
・ うつ病のリスクが高くなる。
・ 骨粗しょう症のリスクが高まり骨折のリスクが高くなる。
・ 糖尿病の血糖値に影響を及ぼす。
・ 舌がんなどの口腔がんのリスクが高くなる。
・ 歯周病が悪化し、歯周病治療が困難になる。
・ う蝕の局所的・間接的リスクになる。
・ 歯や歯肉などの粘膜に着色が起こる。
・ 歯を抜いた後の治癒不全が起こる。
・ 唾液が少なくなり口が乾いてしまう。
上記取り上げたリスクには全てエビデンスがあります。こんなに聞くと「あら、止めなきゃね」と思うのが普通ですが、簡単にはいかないのが禁煙指導ですね。
2.タバコの止め方のヒント
公式な禁煙指導の方法が確立されているのはご存知だと思います。しかし、日常の歯科臨床の場で、歯科医療従事者からのアプローチでどう指導していくかはまだ確立されていません。禁煙外来のような専門家ではないものの、短時間でより効力を発揮できるような指導法を身に付けたいものです。
以前に投稿した「TBIを成功に導くために人に行動変容を即す上で有効な3つの方法」をもう一度見返してみたいと思います。Jonah Berger教授の記事です。今回は禁煙が必要な人にどう行動変容を促すかということですね。
(1) ギャップに光を当てる
「人間は一貫性のある行動を取ろうとする習慣があり、矛盾のない態度と行動を実践することを好む。その矛盾を指摘すれば本人は、それを自ら解消しようとする」
禁煙してくれない患者さんに「あなたのご家族(高齢の親や子供)に喫煙して欲しいと望みますか?」「喫煙により肺がんになることを望みますか?」と尋ねてみます。問いに対して「喫煙してほしくない」「肺がんになってほしくない」と答えたのであれば、本人の行動と言動にギャップが生じていることになります。その矛盾を指摘してあげれば患者自ら行動を是正するようになります。
(2) 質問を投げかける
「主体性を奪われているように感じさせないための方法は、問い掛けの形でメッセージを届けること」
「禁煙してください」「喫煙していると肺がんになりますよ」こうした強い言葉を用いると、多くの患者は拒否反応を示します。同じメッセージを質問の形で言い換えればよく「喫煙していると将来的にどうなりますか?」や「喫煙していると、あなたの口腔内にはどう影響すると思いますか?」と尋ねてみます。この問いに対し理想的な答えを答えてくれれば、禁煙が健康に対してに有効であると認めることになり、禁煙しないことで健康を失うことを認めた形になります。
(3) 多くを求めすぎない
「大きな要求をしても、自分たちがいま取っている行動との落差があまりに大きいため、その要求が心理学で言うところの「拒絶の領域」にはまり込み、拒絶されてしまう」
1日30本喫煙している患者に対し「直ちにやめてください」「0本にしてください」と指導すると拒絶され「そんなの無理だよ」と言われてしまいます。まずは「30本を15本に減らしてみましょう」と提案してみます。それがクリアされたら「1日3本に減らしてみましょう」と要求を増やしてみます。それがクリアされたら「もう3本しか吸っていないのであれば、もうやめてしまいませんか?」と要求を増やしてみる・・・というように細分化し、少しずつ少しずつ行動変容に繋げていきます。ただ・・・これは賛否ありそうですねぇ。
3.喫煙について今わかっていること
(1) 電子タバコは害が少ないか。
電子タバコは従来の紙巻きたばこに比べて害が少ないという宣伝文句で現在、日本でも人気の商品です。しかし、次々と研究論文が発表され、有害物質の削減量が少ない、発がん性の評価に違いはないという結果が発表されています。また、禁煙の成功率が低いという研究結果も存在しています。
日本呼吸器学会は、新型タバコは「健康に悪影響がもたらされる」「受動吸引による健康被害が生じる」可能性があることを指摘し警鐘を鳴らしました。また日本禁煙学会も「加熱式電子タバコは、普通のタバコと同様に危険で受動喫煙で危害を与えることも同様で、認めるわけにはいかないと警告しています。
(2)喫煙は健康に影響ないって聞いたことあるけど?
喫煙は健康に影響がないとするいわゆるエンストローム論文は米国のタバコ会社が出資している組織から資金提供を受けて作成されたもので、さらに研究自体に曝露群の誤分類などの統計上の瑕疵が存在するなどタバコ会社が学者を買収させ世論を操作させていることが明らかになりました。
(3) 喫煙者は国に税収で貢献しているか
医療経済研究機構「平成20年度医療経済研究機構自主研究事業」の報告によれば、たばこ税による収益は2兆2,400億円に対し喫煙による医療費などの損失は4兆3,264億円と試算しています。つまり喫煙により2兆円以上の赤字と推計されています。もちろん単純には計算できないことは知っていますが、多くの研究で喫煙によって赤字になることがわかっています。
(4) タバコを吸っていないとストレスが増すか
2014年、英国の大学で行われた報告で、「禁煙は不安やうつ症状を軽減し、精神的QOLやポジティブ感情を向上する効果があり、その効果量は抗うつ薬療法と同等以上である」ことが明らかにされました。これは禁煙することでニコチン依存症によるイライラを解消できることが要因の一つと考えられています。
(5) 1mgのタバコは健康へのリスクが低いと言えるか
タールが1mgのタバコの場合、フィルターの外気を導入する通気口が多くついているだけで、タバコ自体は同じものです。機械で測定する際には外気を含ませる事によって純粋な煙を通過させるよりは薄まりますが、人間が指に持ち咥えるとこの空気穴は塞がり、ほぼmg数は変わらないとされています。事実、表示タール数値と肺がんのリスクはほぼ変わらないとする研究データが存在しています。
また、1mgであっても銘柄が同じであればタバコの葉自体は変わりませんので、家族や友人、周りの人への副流煙の害は変わりません。
クリニックで禁煙指導したら「タバコのせいにするんじゃねぇ!バカやろうぅ!」と怒鳴られてしまったという話をDanEricson教授にして「スウェーデンでは歯科における禁煙指導はどうでしょう?」と質問したことがあります。スウェーデンでは喫煙者に対し、医療者からの指導だけではなくカウンセラーと一緒に禁煙に取り組んでもらうとのことでした。「医療者としては全身のリスクを知ってもらうことから始めるのがいいんじゃないかな」「喫煙は病気だからね」とおっしゃっていました。歯周病にもう蝕にもよくない喫煙。予防歯科に取り組むあなたは容認しますか?それとも否認しますか?
4.参考文献
Auer et al. JAMA Intern Med. 2017;177(7).
Ludicke et al. Nicotine Tob Res. 2018; 20(2).
Kalkhoran et al. Lancet Respir Med. 2016; 4(2).
Hirano et al. Int J Environ Res Public Health. 2017;14(2).
Enstrom JE et al. BMJ. 2003 May 17;326(7398):1057.
Taylor G et al. BMJ. 2014 Feb 13;348:g1151.
Harris et al. BMJ. 2004. 328(7431):72,.
Jonah Berger Harvard Business Review April 20, 2020