【考察】口腔領域のバイオフィルム感染症について考えてみた。

投稿者: | 2021年2月19日
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 よく歯科疾患はバイオフィルム感染症だ。と言われます。デンタルプラーク、バイオフィルム、ペリクルの違いについてしっかりと理解できるように細菌学、歯周病学、う蝕予防学の教科書を紐解き、臨床家として大切にしたい知識について記載してみようと思います。

 

バイオフィルム感染症とは


 まず、細菌感染症とバイオフィルム感染症について区別して理解しておかなければなりません。感染症の病原体を特定する指針のひとつとして、細菌学の父ロベルト・コッホの提唱した「コッホの原則」があります。1.特定の疾患には特定の微生物がみつかること。2.その微生物を分離できること。3.分離した微生物を感受性のある動物に感染させると同じ病気が起こること。4.その微生物がその病巣部から再び分離できること。いわゆるこれら条件を満たすものが「細菌感染症」です。
 しかし、近年ではこの「コッホの原則」を満たす単純な細菌感染症が少なくなり、ウイルス感染症や今回取り上げるバイオフィルムによる感染症が増加しているのです。

 

デンタルプラーク(歯垢)とバイオフィルムの違い


 「デンタルプラーク(歯垢)」と「バイオフィルム」を同一のものと理解している人もいると思うのですが、厳密には異なるものです。同一のものと理解してしまうと、説明できない部分が出てきてしまいます。デンタルプラークは歯面に付着する細菌の塊(汚れのようなもの)という意味で用いられますが、「バイオフィルム」は、それらを構成する細菌がクオラム・センシング(quorum sensing)と呼ばれる情報伝達を行う集団・コミュニティーであるという理解をしなくてはなりません。つまり、デンタルプラークは単に構造物をさし、バイオフィルムは構造であり機能をもさすのだと理解してよいと思います。

 

口腔領域のバイオフィルム感染症


 口腔領域のバイオフィルム感染症の代表例は「う蝕」「歯周病」「口腔カンジダ症」「口内炎」です。学校やお勤めの歯科医院で、馴染みのある感染症だと思います。口腔内の温度や湿度などの条件がバイオフィルムの増殖に適していることから「歯科疾患はバイオフィルムとの戦い」であると言っても過言ではありません。口腔内の大抵の細菌は宿主(口腔内)に棲みついていながら、通常は何ら害となることがない微生物です。しかし、歯の磨き残しなどがあるとデンタルプラークが形成され、バイオフィルムを形成することにより病原性を発揮します。また細菌は、バイオフィルムを形成することで環境変化への抵抗力を獲得します。
 普段はあまり悪さをしないような常在菌がバイオフィルムを形成し、病原性を発揮してしまうような感染症を「日和見(ひよりみ)感染症」といいます。代表的な例として真菌のC. albicansなどによるカンジダ症が挙げられます。C. albicansは健康な人にも潜んでいることがある真菌ですが、宿主の免疫が低下し、バイオフィルムを形成すると日和見感染症となりカンジダ症を発症してしまいます。口腔領域に発生する「口腔カンジダ症」の場合、高齢な方や基礎疾患をお持ちの方など免疫力が低下した方によく発症します。多くは舌などに白苔が発生し(しない紅斑性もあります)、口の中がヒリヒリ、ピリピリするなどの症状が出ます。口腔カンジダ症の治療薬に抗真菌薬があります。ぼくも抗真菌薬を処方することがあるのですが、使用した患者さんに「これでカンジダっていうバイ菌はいなくなったのですか?」とよく聞かれます。患者さんは、悪さをするカンジダ菌が除菌・駆逐されたとお考えになると思うのですが、私は「カンジダ菌自体はどこの誰でもいるものなのですよ」「最もよい治療法は免疫力をあげ、口腔内を清潔に保ち再び発症させないことです」とお答えしています。そうすると患者さんは「なぁんだ、がんばって薬を飲んだのに(塗ったのに)キレイになっていないんか・・・」と少しがっかりしてしまうんです。

 

 バイオフィルムとの戦い方


 細菌の構造やバイオフィルムの成立については細菌学の教科書に譲るとして、このバイオフィルム感染症との戦い方を考えてみたいと思います。バイオフィルムとの戦い方を考える前に、みなさんはバイオフィルムを完全な悪者!と思っていませんか?実は完全な悪者とも言えず、バイオフィルムは防御機能として良い役割も果たしています。口腔常在菌以外の細菌が侵入を試みる部分に、すでにバイオフィルムが被覆してしまっているので、いろいろな感染症を引き起こす外来性の細菌(例えばO-157に代表される腸管出血性大腸菌など)が侵入したとしても決して住み着くことが出来ないのです。
 このように良い面もある口腔のバイオフィルムですが、「う蝕を予防したい」「歯周病を予防したい」とお考えの皆さんにとってはこのバイオフィルムは「敵」になるわけです。バイオフィルムを除去するための具体的な方法としては①洗浄剤、酸、アルカリを用いる化学的除去、②酵素を用いる生物学的除去、③歯ブラシやPMTCなど物理的に除去する方法が挙げられます。口腔領域・歯科診療では③の物理的除去が最も重要で第一選択となります。また、①の化学的除去方法についても少しだけ触れてみたいと思います。

↑デンタルプラークのすべて 奥田克爾 医歯薬出版 細菌学者、奥田先生からみたデンタルプラーク、バイオフィルムに関する書籍です。基礎を理解するのにわかりやすいのでお勧めです。

 

バイオフィルムの物理的除去


 毎日の歯ブラシによるブラッシングでバイオフィルムは除去することができます(もし歯ブラシでバイオフィルムは除去できないと記載されていたら、それはペリクルの誤りです)。ただ、いわゆる「磨き残し」のように完全に除去することはできませんので、歯科医院でのPMTCでバイオフィルムを除去することが大切になってきます。日本ではPMTCは機械的歯面清掃と訳され、ラバーカップ等を用いて(主にノン・リスク面の)歯面をキレイにしてしまっていることが多いと感じています。しかし、毎日の歯ブラシによるブラッシングでノン・リスク面のバイオフィルムは除去することが出来ているわけです。歯科医院でのPMTCでは患者さんが毎日の歯ブラシで落としづらいようなリスク面のバイオフィルムを除去することが大切です。また、PMTCとポリッシングは明確に違うということを理解しなくてはなりません。PMTCの考案者であるイエテボリ大学のアクセルソン先生は「PMTCをいわゆるプロフィラキスやポリッシングと混同してはいけない」と記しています。そもそも目的が違うのですから、当然なのですが。
 ぼくの勤務先で、「歯がツルツルにならないから、他の歯科に変えたらツルツルになった」なんて口コミを書かれた時は愕然としました。歯をツルツルにしたいのであれば、歯科医院ではなく歯のツルツル屋さんに行けばいいんですよ・・・。
 PMTCでバイオフィルム除去するのはいいけれど、バイオフィルムをPMTCで除去しようとするとペリクルまで傷ついて取れてしまうのではないかとご心配になる方もいらっしゃると思います。ペリクルを完全に除去するには回転ラバーカップで歯面を約5分間磨く必要があり、つまり歯面ごとに数秒PMTCをするくらいではペリクルを取り除いてエナメル質に達することはできません。いわゆるPMTCやポリッシングをしても簡単にはペリクルは除去できませんので、安心していただいて問題ありません。つまり、皆さんがラバーカップを使って磨いている場所は、エナメル質ではなく、ペリクルを磨いているということになります。

↑本当のPMTC ―その意味と価値― ペールアクセルソン著 西真紀子訳 オーラルケア PMTCによるう蝕抑制効果を中心としたアクセルソン先生の著書です。バイオフィルム+う蝕への臨床理解のためにお勧めです。

 

 

バイオフィルムの化学的除去

 

(1)抗菌化学療法
 う蝕や歯周病を「細菌感染症」と単純に捉えた場合、抗菌薬を飲むことで簡単に駆逐できると考えてしまいます。一般に抗菌薬はバイオフィルムの中へは浸透しにくいため効きにくいのです。薬剤の効果を発揮させるためには一度このバイオフィルムをなんらかの方法で破壊しておく必要があります。
 最近ではバイオフィルム感染症である歯周病に対しマクロライド系抗菌薬 (多くはアジスロマイシン)などの全身投与法が検証され報告されています。歯周ポケット内の深い部分にバイオフィルムを形成し、歯周基本治療やSRPなどのバイオフィルムに対する物理的バイオフィルム除去法では不完全なAggregatibacter actinomycetemcomitansPorphyromonas gingivalisの歯周治療に用いられています。確かにマクロライド系抗菌薬はバイオフィルムを溶解することがわかっているのですが、いわゆる抗バイオフィルム薬ではありません。
 基本的なことですが、抗菌薬が薬剤耐性菌を生み出すことを忘れてはいけません。薬剤耐性菌を無尽蔵に生み出さないために、バイオフィルム感染症に対する治療薬開発を目指す研究者は「細菌増殖を阻害せずバイオフィルム形成のみを選択的に阻害する」ことが開発の大前提になっています。また、感染症治療の現場でも、できるだけ必要な細菌に対し必要な効果を持つ抗菌薬を選択するようにしています。物理的バイオフィルム除去法である歯ブラシなどによるセルフケアや歯周基本治療が第一選択であり、抗菌薬を全身投与する化学的除去法は治療の第一選択にはならず、あくまで補助的な扱いになることを忘れてはいけません。使用にあたっては投与時期や投与期間を十分に検討しなくてはなりません。

(2)LDDS/局所薬物配送システム
 テトラサイクリン系の塩酸ミノサイクリンなどが使われています。耐性菌の発現が少なく、安全性も高いものです。

(3)その他
 IPMP、ポピドンヨード、クロルヘキシジングルコン酸塩洗口剤(CHX)、塩化セチルピリジニウム(CPC)、バクテリオセラピー(このへんはまた別の機会にでも・・・)

 
↑ビジュアル歯周病を科学する 天野敦雄、岡賢二、村上伸也 監修 クインテッセンス出版株式会社 歯周病学者からみたデンタルプラーク、バイオフィルムに関する書籍です。バイオフィルム+歯周病への臨床理解のためにお勧めです。
 
 

まとめ

・デンタルプラークとバイオフィルムの違いは情報伝達の有無。
・PMTCの目的はデンタルプラークではなくバイオフィルムを除去すること。
・バイオフィルムをどう除去するかではなく、バイオフィルムを形成しないようにすることが大切
・バイオフィルム感染症治療の第一選択はセルフケア、バイオフィルムの機械的除去
・歯科医療従事者は修復物のオーバーハングやSRP時のキズにも注視する。

 物質に表面がある以上、バイオフィルムが形成されてしまうのはしょうがないことです。「形成されてしまったバイオフィルムをどう除去すればよいか」ではなく、予防の概念と同様に「できるだけバイオフィルムを形成しないように表面をキレイな状態で保つ」ということがもっとも大切なことです。患者さん自身のセルフケアやTBIも大切ですが、プロの目として修復物のオーバーハングやSRP時のキズ(ともにバイオフィルムを形成しやすいから)などにも注意を払う必要があります。
 今回はバイオフィルムを取り上げてみました。どこまで深堀りすればよいか迷うところもありましたが臨床家の読み物として、さらっと読んでもらって参考になる部分があれば嬉しいです。

 

 

参考文献

Yasuda, Hiroshi Trends in Glycoscience and Glycotechnology Vol.8 No.44 409-417 1996
Araujo MWB et al. J Am Dent Assoc.;146(8):610-622 2015
Boyle P, Koechlin A. Oral Dis.;20(Suppl 1):1-68 2014
本当のPMTC―その意味と価値― ペールアクセルソン著 西真紀子訳 オーラルケア
歯周病患者における抗菌薬適正使用のガイドライン2020 日本歯周病学会
小川ら 日本歯周病学会雑誌38巻3号354-358 1996
王宝禮 松本歯学33:157~166, 2007
デンタルプラークのすべて 奥田克爾 医歯薬出版
ビジュアル歯周病を科学する 天野敦雄、岡賢二、村上伸也 監修 クインテッセンス出版株式会社

Photo : Folktandvården Malmö Dockan

 

 

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