【エビデンス】顎関節症の治療と予防について ~スプリント(マウスピース)療法は有効か~

投稿者: | 2023年8月12日
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1.はじめに

 顎関節症は,口腔外科医のみならず一般歯科医にとっても日常臨床でよく見かける疾患,所謂common diseaseと言えます.顎関節症は患者のQOLを低下させる1)ことが明らかになっており,歯科医には正しい治療を提供することが求められます.

 他院でスプリント療法を受け「いつまでこれを付けていればよいか」「本当によくなっているのか」「外すと不安になってしまう」「外すとどこで噛めばよいかわからない」などと顎顔面外科外来を受診する患者がいます.また,残念ながら咬合面にCRなどを盛り足し,咬合を変化させるなどの治療(?)も見かけます.「多くの症例の場合,スプリント療法は有効ではない」とする考え方になっている現在でも「顎関節症=スプリント」と情報がアップデートできていない歯科医も多くみられます.

 今回は海外の論文とともに日本顎関節学会編「顎関節治療の指針2020」「顎関節症初期治療診療ガイドライン 2023 改訂版」を読みながら2023年現在,顎関節症の新しく正しい治療法について情報を整理して共有していきたいと思います(なお,顎関節治療の指針やガイドラインはこちらからダウンロードしていただくことが可能です).

*本稿はあくまで2023年8月原稿作成時での私見であり,所属する組織などを代表したものではありません.
 また,本稿は歯科臨床家(歯科医師・歯科衛生士)向けに記載されているものです.
 顎関節症にお困りの患者さんは必ず専門家指導の元,治療を受けるようにしてください.

 

2.なぜ顎関節症は発症するのか?

 治療についてまとめる上では必ず病因論が必要になります.現在,顎関節症の発症原因は多因子説が支持されており2,3,4),男性よりも女性に多く発症することから,女性ホルモンも発症に関わるとする研究も存在しています5,6).また,かつては咬合との関連性が指摘されていましたが,咬合と顎関節症に関する17の論文を検討したシステマティックレビューによれば,顎関節症と咬合の間には関連性がないことは明らかで,例えば,咬合干渉は顎関節の原因ではなく,顎関節症が発症した時の一つの所見であるとされています7)

 今回,治療法について記載していきますので病因論については深く掘り下げませんが,原因は多因子性であり,咬合は関連性がないというエビデンスになっていることは覚えておくべきだと思います.

 

3.顎関節症のスプリント療法に関する文献4つ ~顎関節症治療法の今昔~

 

(1)Clark GT, Beemsterboer PL, Solberg WK, Rugh JD. Nocturnal electromyographic evaluation of myofascial pain dysfunction in patients undergoing occlusal splint therapy. J Am Dent Assoc. 1979 Oct;99(4):607-11.

 1979年の古い論文でスプリント療法が有効とする(歴史的な)論文です8).顎関節症状を有する25名を対象とする研究で,上顎にスプリントを装着し,睡眠中の咬筋における筋活動をモニターしたもの.筋活動が減少した人は52%,変化がなかった人は28%,筋活動が増加した人は20%という結果でした.このことから夜間睡眠中の筋活動(食いしばりや歯ぎしり)はスプリントにより軽減するのではないかと結論づけられています.

しかし,この結論を持って顎関節症=スプリント(マウスピース)療法と考えてしまっている歯科医が非常に多い印象です.しかし,本研究の結果から顎関節周囲の筋活動に有効ではあるものの,多くの顎関節症患者の症状である顎関節円板への障害に対し有効であるという結論にはなっていないことに着目すべきだと思います.

 

(2)Al-Moraissi EA, Farea R, Qasem KA, Al-Wadeai MS, Al-Sabahi ME, Al-Iryani GM. Effectiveness of occlusal splint therapy in the management of temporomandibular disorders: network meta-analysis of randomized controlled trials. Int J Oral Maxillofac Surg. 2020 Aug;49(8):1042-1056.

 48件のRCTを対象とした顎関節症に対するスプリント療法についてのメタ解析です9). 顎関節症に対するスプリント療法の有効性は中程度から非常に低い質のエビデンスであり,スプリント療法を実施する際はカウンセリング療法+ハードスタビライゼーションスプリントの併用療法が有効だったという結論になっています.カウンセリングとともに実施する安静型スプリントは有効だが,エビデンスとしては弱いという結論になっています.

 

(3)Fouda AAH. No evidence on the effectiveness of oral splints for the management of temporomandibular joint dysfunction pain in both short and long-term follow-up systematic reviews and meta-analysis studies. J Korean Assoc Oral Maxillofac Surg. 2020 Apr 30;46(2):87-98.

 スプリント療法の無効性を指摘したシステマティックレビューです10).短期研究のメタ解析ではスプリントによる介入群と非介入群に有意差は認められず,長期研究のメタ解析では非介入群で痛みが軽減したとしています.つまり,スプリントは顎関節症の痛みを軽減したり,機能を改善したりする効果はないと結論付けられています.

 

(4)Riley P, Glenny AM, Worthington HV, Jacobsen E, Robertson C, Durham J, Davies S, Petersen H, Boyers D. Oral splints for temporomandibular disorder or bruxism: a systematic review. Br Dent J. 2020 Feb;228(3):191-197.

 こちらも2020年に発表されたスプリント療法の無効性を指摘したシステマティックレビューです11).歯の摩耗を減らすかどうかについては不明で,顎関節症における「痛みを軽減する」という効果はなかったとする結論になっています.

 

4.顎関節症の治療法に関する考察

 

2023年8月現在の顎関節症に対する治療法について自分なりに考察してみたいと思います.

 

(1)スプリント療法の有効性

 スタビライゼーション型スプリントは咀嚼筋の緊張緩和などを目的に装着するとされ,Ⅰ型の咀嚼筋痛障害に有効と考えられます8,12).一方,前方整位型は転位した円板が復位する位置まで下顎を前方に誘導することを目的として作成されます.つまり円板を復位することと円板組織への負担を軽減することを目的として作成されます.治療顎位はクリックが消失する範囲で1~2週間に1度来院させ,徐々に元の顎位に調整しくものとされており,長期間使用することはありません.また,前方整位型スプリントは顎関節円板が再度転移(再発)することも多く,前方整位型スプリントでの顎関節症の完治は困難ではないかと考えています.同様に症状として一般的なⅢa型に対するスプリント療法による完治も困難であると考えられ,スプリントが有効な症例は非常に少ないと考えています.

 

(2)運動療法の効果

 現在は非侵襲的で可逆的処置を適応すべきと考えられ,開口訓練などの運動療法や徒手的療法が推奨されています13).IIIa型のように関節円板がずれていても顎関節症患者の開口訓練は推奨されており,運動させることによって円板や関節突起および関節窩に見られるようなグリコサミノグリカンを産生することが出来,顎関節症の改善につながる可能性について指摘されています14).つまり,関節円板がずれていて,音がなっていようが,よく動かすことによって偽円板ともいえるものが産生され改善に向かうと考えられています.

 患者はスプリントを装着することにより咬合挙上がされ,関節円板が変位するところまでいかないことによって「音が鳴らなくなった(=治癒)」と感じます.これは治癒しているのではなく,関節円板がずれるところまで噛んでいない(運動していない)ということになるので,長時間(期間)のスプリントの装用はBlausteinらの論文14)を考慮すると,あまりよい効果が得られないのではないかと考えられます.

 ただ,徒手的療法や運動療法による改善も確立されたエビデンスがなく15)手技によっても大きく異なるのだとする文献もみられました16).このあたりの研究でエビデンスを出していくのは難しいと思いますが,さらなる研究によるエビデンスの確立が待たれます.

 

(3)placebo効果と治療のゴール

 また,あくまで私見なのですが,スプリント療法には患者が上記のごとく「これを入れておけば音が鳴らなくなる(良くなった!?)」「これを入れておけば良くなる」と感じてしまう所謂placebo効果もあるのではないかと思います.

 また,顎関節症の治療を始める前に,この治療のゴールをどこに設定するのか説明することは非常に大切なことだと思います.「日常生活に支障がない程度」「運動時の痛みを感じない程度」「運動時のひっかかり感が今より改善する程度」「以前と全く変わらない状態」など患者さんによって求めるレベルが様々なように(病因論も多因子説が支持されているように)治療のゴールも一律ではなく,患者さんごとにパーソナライズされたものがよいのではないかと思っています.

 

4.まとめ

 私が臨床研修医だった (今から15年程前)頃の顎関節治療の治療は①スプリント,②運動やマッサージ等の理学療法,③痛みがある時は安静,という感じで,まずはスプリントありきでした.海外ではずいぶん前からスプリントが否定されているにも関わらず,日本の保険医療制度では顎関節病名に対し未だ(2023年現在)スプリントが有効であり,本来,顎関節症に対し有効である運動療法や(生活)指導等に対し保険点数が付けられていない現実があります.

 もう30年近く前の1996年,米国国立衛生研究所(NIH)により顎関節治療に関する世界初の声明が出されました3)。所謂,顎関節症には可逆的治療を適応すべきであり,咬合を変えてしまうような治療は推奨されないという現在の治療法に影響しています.いまだに日本で見かける顎関節症=(イコール)スプリントのような治療がアップデートされ,さらに咬合面にCRなどを盛るような,いかがわしい治療がなくなればよいなと思いました.顎関節症の専門の先生方のご意見を聞くことが出来たら幸いです.

 

5.参考文献

 

1) Bitiniene D, Zamaliauskiene R, Kubilius R, Leketas M, Gailius T, Smirnovaite K. Quality of life in patients with temporomandibular disorders. A systematic review. Stomatologija. 2018;20(1):3-9.

2) Schiffman E, Ohrbach R, Truelove E, Look J, Anderson G, Goulet JP, List T, Svensson P, Gonzalez Y, Lobbezoo F, Michelotti A, Brooks SL, Ceusters W, Drangsholt M, Ettlin D, Gaul C, Goldberg LJ, Haythornthwaite JA, Hollender L, Jensen R, John MT, De Laat A, de Leeuw R, Maixner W, van der Meulen M, Murray GM, Nixdorf DR, Palla S, Petersson A, Pionchon P, Smith B, Visscher CM, Zakrzewska J, Dworkin SF; International RDC/TMD Consortium Network, International association for Dental Research; Orofacial Pain Special Interest Group, International Association for the Study of Pain. Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (DC/TMD) for Clinical and Research Applications: recommendations of the International RDC/TMD Consortium Network* and Orofacial Pain Special Interest Group†. J Oral Facial Pain Headache. 2014 Winter;28(1):6-27.

3)Management of temporomandibular disorders. National Institutes of Health Technology Assessment Conference Statement. J Am Dent Assoc. 1996 Nov;127(11):1595-606.

4) Huang GJ, LeResche L, Critchlow CW, Martin MD, Drangsholt MT. Risk factors for diagnostic subgroups of painful temporomandibular disorders (TMD). J Dent Res. 2002 Apr;81(4):284-8.

5)Jedynak B, Jaworska-Zaremba M, Grzechocińska B, Chmurska M, Janicka J, Kostrzewa-Janicka J. TMD in Females with Menstrual Disorders. Int J Environ Res Public Health. 2021 Jul 7;18(14):7263.

6)Cairns BE. Pathophysiology of TMD pain–basic mechanisms and their implications for pharmacotherapy. J Oral Rehabil. 2010 May;37(6):391-410.

7)Manfredini D, Lombardo L, Siciliani G. Temporomandibular disorders and dental occlusion. A systematic review of association studies: end of an era? J Oral Rehabil. 2017 Nov;44(11):908-923.

8) Clark GT, Beemsterboer PL, Solberg WK, Rugh JD. Nocturnal electromyographic evaluation of myofascial pain dysfunction in patients undergoing occlusal splint therapy. J Am Dent Assoc. 1979 Oct;99(4):607-11.

9) Al-Moraissi EA, Farea R, Qasem KA, Al-Wadeai MS, Al-Sabahi ME, Al-Iryani GM. Effectiveness of occlusal splint therapy in the management of temporomandibular disorders: network meta-analysis of randomized controlled trials. Int J Oral Maxillofac Surg. 2020 Aug;49(8):1042-1056.

10) Fouda AAH. No evidence on the effectiveness of oral splints for the management of temporomandibular joint dysfunction pain in both short and long-term follow-up systematic reviews and meta-analysis studies. J Korean Assoc Oral Maxillofac Surg. 2020 Apr 30;46(2):87-98.

11) Riley P, Glenny AM, Worthington HV, Jacobsen E, Robertson C, Durham J, Davies S, Petersen H, Boyers D. Oral splints for temporomandibular disorder or bruxism: a systematic review. Br Dent J. 2020 Feb;228(3):191-197.

12) 日本顎関節学会編「顎関節治療の指針」(2020)

13) Al-Moraissi EA, Conti PCR, Alyahya A, Alkebsi K, Elsharkawy A, Christidis N. The hierarchy of different treatments for myogenous temporomandibular disorders: a systematic review and network meta-analysis of randomized clinical trials. Oral Maxillofac Surg. 2022 Dec;26(4):519-533.

14) Blaustein DI, Scapino RP. Remodeling of the temporomandibular joint disk and posterior attachment in disk displacement specimens in relation to glycosaminoglycan content. Plast Reconstr Surg. 1986 Dec;78(6):756-64.

15) Armijo-Olivo S, Pitance L, Singh V, Neto F, Thie N, Michelotti A. Effectiveness of Manual Therapy and Therapeutic Exercise for Temporomandibular Disorders: Systematic Review and Meta-Analysis. Phys Ther. 2016 Jan;96(1):9-25.

16) Calixtre LB, Moreira RF, Franchini GH, Alburquerque-Sendín F, Oliveira AB. Manual therapy for the management of pain and limited range of motion in subjects with signs and symptoms of temporomandibular disorder: a systematic review of randomised controlled trials. J Oral Rehabil. 2015 Nov;42(11):847-61.

 

6.おすすめ

 

手術療法についてはこちらがよいと思います.正直,顎関節の手術はあまり経験がありません.

 

YEARBOOKですが,内容は患者さんにどう説明すればよいかが書かれています.衛生士さんにおすすめ.

 

スプリントの作り方ついて書かれています.スプリントの作り方を詳しく知りたい先生向け.

 

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PHOTO:CPH