【エビデンス】喫煙はう蝕の原因になるか? ~その原因と受動喫煙・口腔乾燥症との関連について~

投稿者: | 2023年1月21日
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 喫煙することにより,歯周病はもちろん,う蝕に罹患するリスクが増加することがわかってきました.今回は喫煙によるう蝕の影響についてエビデンスとともに紐解いてみたいと思います.なお,内容の正確性については気を付けておりますが,誤訳等ありましたらお知らせいただければ幸いです.また,真偽等は各自でご判断いただきますようお願い申し上げます.

 

1.なぜ喫煙でう蝕が増加するのか

 複数の研究で,喫煙によってう蝕が増加することが明らかになっています1),2),3).本数が多ければ多いほどう蝕が増加するとの報告もあります4).なぜ喫煙するとう蝕が増えるのか,実はまだその結論は出ていないのですが,そのあたりをpubmed等で検索してみました.

 

1-1 ニコチンがバイオフィルムに影響を与える

 米国インディアナ大学の研究者は,タバコに含まれるニコチンの影響により,う蝕病原菌であるS.mutansのバイオフィルムが厚くなることが観察され,バイオフィルム形成と代謝活性を亢進させると報告しています5).in vitro でニコチンはS.mutans および S.sanguis を増加させる.とする研究もあります6).もちろん,う蝕は多因子疾患なので,このニコチンがバイオフィルムに影響を与えるという結果は一つの要因であるということになります.

 

1-2 免疫物質であるsIgAが減少する

 う蝕になりにくい人は粘膜上皮や腺上皮の局所で生合成され,局所免疫に重要な役割を持つ免疫物質である唾液中のsIgAが多かったという報告7)があります.喫煙者ではこのsIgAが低濃度だったとの報告があります8).喫煙によりsIgAが減少し,う蝕病原性細菌が増加することでう蝕が増加するという可能性はあると思います.

 

1-3 喫煙すると唾液pHが低くなる

 喫煙者の唾液pHは6.75(±0.11),非喫煙者7.00(±0.28)と比較して有意に低かった9)と報告があります.この微妙なpHの低下がどの程度う蝕に関与するかは不明ですが,直接的に脱灰させないとしても飲食物の影響等と相まって相加的に作用する可能性はあるのかなと思います.

 

1-4 ニコチンによって口腔乾燥が起こる

 口腔乾燥症をもつ患者さんはう蝕罹患率が増加することは明らかになっています10).そして,今回あらためて検索して喫煙するとニコチンの作用で唾液分泌が抑制されるという記事をWeb上でよく見かけました.

 確かに文献的にも喫煙者は唾液分泌が少なかったとの報告も目にしました11).しかし,そのニコチンが唾液分泌を抑制し口腔乾燥を惹起するというメカニズムを調べようとしても,それを裏付ける基礎研究を見つけることが出来ませんでした.喫煙と唾液分泌の関係性については後述したいと思います.

 

 

 

2.喫煙(ニコチン)は唾液分泌量を低下させるか?

2-1 喫煙は唾液分泌量を減少させるという研究

 インドの120人を対象とした臨床研究では,口腔乾燥症状の有病率は,喫煙者で37%,非喫煙者で13%であり喫煙が口腔乾燥症と関連していたと報告しています12).また,イランの200人を対象とした臨床研究では,平均唾液量が喫煙者が1分間に0.38mlで,非喫煙者が1分間に0.56mlで統計学的に有意な差が認められたと報告されています.また,この研究ではう蝕や歯肉炎などの口腔内病変が喫煙者で有意に高率だったと報告しています11).唾液の質の違いも報告され,喫煙者は濃い(粘液性)唾液,非喫煙者は漿液が主体である13)とする研究や,女性喫煙者は男性喫煙者よりもドライマウスになる確率が高かった14)という研究も目にすることができました.

 どうして喫煙が唾液分泌量を減少させ,口腔乾燥症を引き起こすのか,タバコのどの成分がそういう作用を及ぼしているのかについて基礎研究がないか調べてみましたが,これと言った研究を見つけることは出来ませんでした.

 

2-2 喫煙は唾液分泌量に影響を及ぼさないという研究

 喫煙は唾液を減少させるという研究の一方,喫煙は唾液分泌に悪影響を及ぼさないとする論文もあります15)16)17).ラットを用いた日本の基礎研究では喫煙と非喫煙の刺激唾液には差が無かったとしています18)

 

2-3 喫煙によって唾液分泌量が増加したという研究

 1971年に報告された研究では,喫煙行為により喫煙者も非喫煙者も耳下腺唾液が大幅に増加したと記載されています.タバコの刺激物質によって分泌促進に至ったのではないかと結論付けられています19).また,ラットを用いた基礎研究では,タバコやニコチンが耳下腺の唾液分泌を促進するのは,α3β4ニコチン受容体サブタイプの活性化を介して自律神経末端からアセチルコリンとノルアドレナリンが放出されるから20).と報告されています.ちなみにアセチルコリンは副交感刺激で放出され,ノルアドレナリンは交感神経刺激で放出されます.副交感刺激で放出されたアセチルコリンはムスカリン受容体と結合することにより唾液中の水分泌が起こると考えられています.

 一般的に,喫煙習慣のある人は喫煙行動により主に副交感神経が刺激され,唾液中の水成分は分泌される方向に,普段喫煙する習慣がない人にとってはどちらかというと交感神経が刺激され,唾液中のタンパク成分の分泌に傾き,唾液の実質的な水成分は抑制されるとも考えられます.いずれにしても基礎研究で喫煙やニコチンが唾液腺の分泌を促進する/抑制すると言った作用メカニズムは解明されていないというのが結論です.

 

 

3.親が喫煙すると子はう蝕が増加するか(受動喫煙)

 喫煙している親に養育された子にはう蝕が多いとする論文があります21)22)23) 24) 25).さらに母親が妊娠中の喫煙も,子のう蝕の増加と関連性が得られています26)27)28).タバコの影響を受けやすい幼児は受動喫煙によってう蝕が多くなってしまうのでしょうか.そして,父親よりも母親の喫煙との関連の方が高いという論文があります29)30)

 その理由について,受動喫煙は主にプラークの蓄積を増加させる効果があり,次に受動喫煙者が口腔内の生理的構造などに影響を与えるためと思われる31)と考察されています.臨床研究なので,それ以上のことはないのですが,さらに調べてみてもこれ以上の考察は見つけられませんでした.

 もちろん,喫煙による直接的な有害事象もあるのかなとは思うのですが,子の健康のために喫煙しないという健康意識を持つ親から出生・養育された子供と,子への影響を考えず喫煙する親から出生・養育された子供っていう,そういうバイアスがあるのではないかと考えてしまいます.

 

 

4.加熱式タバコ,電子タバコはう蝕の原因となるか

 数年前から非燃焼式タバコが普及しています.燃焼しない分,副流煙の問題をはじめ様々な負担が少ないと考えられています.非燃焼式タバコを大きく分類するとタバコ葉を加熱する加熱式タバコ,グリセロールやPGを加熱してエアロゾルを発生させる電子タバコに大別されます.

4-1 加熱式タバコ

 フィリップモリスのIQOS,JTのPloomTECH,が代表例です.加熱式タバコの化学物質はPG,グリセロール,アセト―ルを除いて燃焼式タバコよりも少ないと考えられています.当然,タバコの葉を加熱するので様々な有害物質が発生する可能性があります.ニコチンは燃焼式の半分以下だったと報告されています32)燃焼しないまでも燃焼式と同じタバコ葉を使用するわけですから,やはりう蝕との関係性はあるのかなと思います.

 

4-2 電子式タバコ

 電子式タバコは日本ではニコチンの使用が薬機法により禁止されているので,含まれていません.しかし,エアロゾルが大量発生することにより呼吸器疾患が報告されています.電子タバコから発生するPGやグリセロール,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒドなどのエアロゾルは2μm以下の微粒子が97%を占め,喫煙者の肺胞まで達しやすく用意に体内に吸収されることから健康への影響が懸念されると報告されています32)

 また,電子式タバコにはショ糖や香料などが含まれており,う蝕との関連性を示す文献が存在しています33).また,S. mutansの増殖、および病原性遺伝子の発現を増加,バイオフィルムの形成促進が報告されており34),さらに米国の研究者により2022年に発表された基礎研究では,電子タバコの使用により,S. sanguinisS. gordoniiの増殖が妨げられる一方,S.mutansのバイオフィルム形成を著しく増加させることが報告されました35)

 

 

5.まとめ

 今回のエビデンス検索による個人的なまとめです.これから研究で様々なことがわかっていくのだと思いますが,そもそも喫煙人口が減少していたり,非燃焼式タバコの登場,研究デザイン統一の困難さによって全てが明らかになるのは時間がかかるのかなと感じました.ご意見等,こちらからお寄せいただけますと励みになります.

 

 ・喫煙がう蝕に関与する根拠としてはS.mutansのバイオフィルムへの影響,sIgAへの影響,pHへの影響の3つの可能性が考えられている.

 ・喫煙によって口腔乾燥が起こるかどうか臨床研究では双方の結果が出ており,基礎研究でも明らかになっていない.

 ・ニコチンのバイオフィルムへの影響以外,タバコの他の成分がう蝕に関与するのかなどはよくわかっていない.

 ・有害物質は唾液腺に直接接触しないことから,う蝕に与える影響は血液可溶性の成分中にある可能性が高い.

 ・非燃焼式タバコもS.mutansのバイオフィルム形成促進などが報告されており,う蝕との関連性が示唆されている.

 

 

6.  参考文献

1)Chapple IL, Bouchard P, Cagetti MG, Campus G, Carra MC, Cocco F, Nibali L, Hujoel P, Laine ML, Lingstrom P, Manton DJ, Montero E, Pitts N, Rangé H, Schlueter N, Teughels W, Twetman S, Van Loveren C, Van der Weijden F, Vieira AR, Schulte AG. Interaction of lifestyle, behaviour or systemic diseases with dental caries and periodontal diseases: consensus report of group 2 of the joint EFP/ORCA workshop on the boundaries between caries and periodontal diseases. J Clin Periodontol. 2017 Mar;44 Suppl 18:S39-S51.

2)Benedetti G, Campus G, Strohmenger L, Lingström P. Tobacco and dental caries: a systematic review. Acta Odontol Scand. 2013 May-Jul;71(3-4):363-71.

3)de Araújo Nobre MA, Sezinando AM, Fernandes IC, Araújo AC. Influence of Smoking Habits on the Prevalence of Dental Caries: A Register-Based Cohort Study. Eur J Dent. 2021 Oct;15(4):714-719.

4)Bernabé E, Delgado-Angulo EK, Vehkalahti MM, Aromaa A, Suominen AL. Daily smoking and 4-year caries increment in Finnish adults. Community Dent Oral Epidemiol. 2014 Oct;42(5):428-34.

5)Huang R, Li M, Gregory RL. Effect of nicotine on growth and metabolism of Streptococcus mutans. Eur J Oral Sci. 2012 Aug;120(4):319-25.

6)Lindemeyer RG, Baum RH, Hsu SC, Going RE. In vitro effect of tobacco on the growth of oral cariogenic streptococci. J Am Dent Assoc. 1981 Nov;103(5):719-22.

7)Lehner T, Clarry ED, Cardwell JE. Immunoglobulins in saliva and serum in dental caries. Lancet. 1967 Jun 17;1(7503):1294-6.

8)Golpasand Hagh L, Zakavi F, Ansarifar S, Ghasemzadeh O, Solgi G. Association of dental caries and salivary sIgA with tobacco smoking. Aust Dent J. 2013 Jun;58(2):219-23.

9)Grover N, Sharma J, Sengupta S, Singh S, Singh N, Kaur H. Long-term effect of tobacco on unstimulated salivary pH. J Oral Maxillofac Pathol. 2016 Jan-Apr;20(1):16-9.

10) Glass BJ, Van Dis ML, Langlais RP, Miles DA. Xerostomia: diagnosis and treatment planning considerations. Oral Surg Oral Med Oral Pathol. 1984 Aug;58(2):248-52.

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12)Dyasanoor S, Saddu SC. Association of xerostomia and assessment of salivary flow using modified schirmer test among smokers and healthy individuals: a preliminutesary study. J Clin Diagn Res. 2014;8:211–213.

13)Petrušić N, Posavac M, Sabol I, Mravak-Stipetić M. The effect of tobacco smoking on salivation. Acta Stomatol Croat. 2015;49:309–315.

14)Kakoei S, Nekouei AH, Kakooei S, Najafipour H. The effect of demographic characteristics on the relationship between smoking and dry mouth in Iran: a cross-sectional, case-control study. Epidemiol Health. 2021;43:e2021017.

15)Khan GJ, Mehmood R. Effects of long-term use of tobacco on taste receptors and salivary secretion. J Ayub Med Coll Abbottabad. 2003;15:37–39.

16)Fenoll-Palomares C, Muñoz Montagud JV, Sanchiz V, Herreros B, Hernández V, Mínguez M, et al. Unstimulated salivary flow rate, pH and buffer capacity of saliva in healthy volunteers. Rev Esp

17)Smidt D, Torpet LA, Nauntofte B, Heegaard KM, Pedersen AM. Associations between labial and whole salivary flow rates, systemic diseases and medications in a sample of older people. Community Dent Oral Epidemiol. 2010 Oct;38(5):422-35.

18)タバコ煙曝露が及ぼすラット唾液・唾液腺への影響 松本歯学 35(2), 224

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31)Mosharrafian S, Lohoni S, Mokhtari S. Association between Dental Caries and Passive Smoking and Its Related Factors in Children Aged 3-9 Years Old. Int J Clin Pediatr Dent. 2020 Nov-Dec;13(6):600-605.

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33)Irusa KF, Vence B, Donovan T. Potential oral health effects of e-cigarettes and vaping: A review and case reports. J Esthet Restor Dent. 2020 Apr;32(3):260-264.

34)Rouabhia M, Semlali A. Electronic cigarette vapor increases Streptococcus mutans growth, adhesion, biofilm formation, and expression of the biofilm-associated genes. Oral Dis. 2021 Apr;27(3):639-647.

35)Catala-Valentin A, Bernard JN, Caldwell M, Maxson J, Moore SD, Andl CD. E-Cigarette Aerosol Exposure Favors the Growth and Colonization of Oral Streptococcus mutans Compared to Commensal Streptococci. Microbiol Spectr. 2022 Apr 27;10(2):e0242121.

 

 

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頑張らないで止められるのであれば一番いいと思っています.そして一回禁煙に失敗しても何回でもチャレンジすればよいと思います.

 

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