【考察】「喘息患者にはアセトアミノフェン(カロナール®)が安全」は本当に正しいのか? ―歯科医・口腔外科医が知っておくべきアスピリン喘息(NSAIDs過敏症)の知識―

投稿者: | 2023年5月19日
LINEで送る
Pocket

 歯科臨床では気管支喘息(以下喘息)の既往を持つ患者さんの歯科治療に多く遭遇します.一般歯科医にも喘息患者さんにNSAIDsは(なんとなく)危険という認識はあり,多くの歯科医院で喘息患者の抜歯後等の鎮痛にアセトアミノフェン(カロナール®)が処方されています.

 

 喘息の中にはアラキドン酸のシクロオキシゲナーゼ(特にCOX-1)阻害作用をもつアスピリンなどのNSAIDsを投与されることにより喘息発作を惹起するものがあります.現在は本疾患がアスピリン以外でも発症するため「NSAIDs過敏症(不耐症)」「解熱鎮痛薬喘息」「NSAIDs喘息」「Asthmatic attack due to NSAIDs」「NSAIDs-exacerbated respiratory disease (N-ERD)」などと呼ばれ,ほぼ全てのNSAIDsで喘息発作を惹起する疾患です.今回はNSAIDs過敏症について一般的な喘息との違い,疫学,作用機序,医療事故例,安全な処方例まで考察していきます.

 

 ※なお,本稿は2023年5月時点の情報で書かれています.臨床応用の際には必ずご自身で最新の情報を得ていただきますようお願い申し上げます.本記事は文献検索による個人の見解であって,著者の所属組織を代表するものではありません。また,間違い等ありましたらこちらからお知らせいただけますと幸いです.

 

 

1.NSAIDs過敏症とは

 

(1)原因

 原因は不明ですが,主にCOX-1阻害で顕在化し,過敏反応としてあらわれてくるものと考えられています1).つまり非アレルギー学的機序を持つ疾患です.薬剤の他に食品や添加物,ステロイド薬や色素などによって誘発されることがあります2).また,歯科用薬では一部の歯科局所麻酔薬に含まれる防腐剤(パラヒドロキシ安息香酸エステル:パラベン)もトリガーになると考えられます.

 

(2)疫学

 NSAIDs過敏症は小児では稀ですが,成人の喘息の4~28%にみられると言われ,日本では6%程度と言われています2).NSAIDsの暴露がなく,不顕性症例を含めると,喘息の10%程度がNSAIDs過敏症であろうと推定されています2).男女比は4:6でやや女性に多く1),致死的喘息発作の約4分の1,また原因の明らかな喘息発作死の40%がNSAIDsによるという報告もあります3)

 

(3)症状

 NSAIDs服用から,通常1時間以内に,鼻閉,鼻汁に続き,咳,息苦しさ,喘鳴(ぜんめい/ヒューヒューという呼吸音),ときに嘔気や腹痛,下痢などの腹部症状が出現します.重症例では呼吸困難など重篤な状態に陥り,死亡事故も発生しています.

 

(4)診断

 病歴から診断できるのは60%の症例と言われています2)ので,診断を確定するためには負荷試験が必要です.NSAIDs過敏症かどうかを判断する際に有用な問診は「2 NSAIDs過敏症による投与事故を避けるためには」でご説明します.

 

(5)NSAIDs過敏症を惹起しやすいNSAIDs例

 COX-1阻害作用の強いNSAIDsほど,過敏症状を誘発しやすく,かつ誘発症状は強度である2).とされています.作用機序が異なるアセトアミノフェン(カロナール®)やCOX-2選択阻害NSAIDsセレコキシブ (セレコックス®)は比較的安全と言われていますが,全く安全とは言えません.

 アスピリン(市販薬バファリン®),インドメタシン(インダシン,インテバン®),ピロキシカム(フェルデン®),イブプロフェン(ブルフェン,市販薬イブ®),ナプロキセン(ナイキサン®),ジクロフェナック(ボルタレン®),メフェナム酸(ポンタール®),スルピリン(スルピリン注®),フェニルブタゾン(ケタゾン®),フルルビプロフェン アキセチル(ロピオン注®),ロキソプロフェン(ロキソニン®)などはNSAIDs過敏症を惹起しやすく危険です.

 

 

2.NSAIDs過敏症による投与事故を避けるために

 

 病歴で診断できるNSAIDs過敏症は60%にすぎない2).と報告され,通常の喘息との鑑別は簡単ではありません.

今回の文献検索で得られた内容から,歯科臨床の現場で参考にできそうなポイントを挙げてみたいと思います.

以下のポイントですが,限られた内容で特異度が高くなく,やはり確定には負荷試験が必要であることを申し添えます.

 

(1) 鼻症状(嗅覚低下など)がある喘息症例はNSAIDs過敏症の可能性が高い.

(2) 季節に関係なく喘息症状がある場合(通年性)はNSAIDs過敏症の可能性が高い.

(3) 鼻炎,鼻茸(ポリープ),副鼻腔炎の合併,既往,手術歴について聴取する(合併症として50%以上と頻度が高い).

(4) 成年以降に発症した中~重度の喘息発作について確認する.

(5) 既往歴(薬剤使用歴)を尋ね,NSAIDsを服用したことがあるかどうかを確認する.

  →病歴上,NSAIDsによる発作の誘発歴があっても,実際にはそのうち20~30%はNSAIDs過敏症ではないとされている4)

(6) 喘息を診察している,かかりつけ医に対診する

(7) 院内処方せず,院外処方として薬剤師とのWチェック体制とする.

(8) 高次医療機関の歯科・口腔外科などへの処置依頼も検討する.

(9) できれば防腐剤であるパラベンやアドレナリンが添加されていない局所麻酔剤を使用する5)

 

3.NSAIDs過敏症に処方可能な薬剤例

 

 NSAIDs過敏症ではない通常の気管支喘息であれば,アセトアミノフェン(カロナール®)もロキソプロフェンナトリウム(ロキソニン®)も添付文書上,「禁忌」ではなく「慎重投与」となっています.しかし,両剤ともにNSAIDs過敏症患者には「禁忌」と記載されています.

 添付文書上,NSAIDs過敏症に抜歯等の術後疼痛に対し鎮痛剤として使用できる薬剤は2017年にエモルファゾン(ペントイル®)が薬価収載外(販売中止)になった現在,シメトリド(キョーリンAP2)と漢方薬(立効散)の2剤しかありません.エモルファゾン同様に塩基性NSAIDsのチアラミド塩酸塩(ソランタール®)やCOX-2選択阻害NSAIDsのセレコキシブ(セレコックス®)を薦める報告がありますが,チアラミドもセレコキシブも添付文書上,NSAIDs過敏症患者への投与は禁忌になっています6)7)

 文献によってはアセトアミノフェンなど発作誘発性の低い薬剤を低用量(1回300mg以下)で使用する(1回500mg以上になると1/3の症例に発作を誘発する)2)ことも有効とされていますが,1回300mg以下というのは非常に少ない量で,30kgの小児に対する投与量と同等です.

fig.1 NSAIDs過敏症に対する(歯科適応)鎮痛薬のまとめ
※文献検索による当Blogのまとめです.臨床応用の際はご自身でご判断ください.

 

4.NSAIDs過敏症の発作が生じてしまったら

 

 NSAIDSの服用後の喘息発作(咳,呼吸苦,喘鳴など)と鼻症状(鼻閉,鼻汁)の発現はNSAIDs過敏症の発作を強く疑うべきです.経験的に,NSAIDs過敏症に限らず,会話ができないような中等度以上の喘息発作の場合,歯科医院という限られた施設では対応が困難なため,すぐに救急医療機関に搬送するべきと考えています.

 救急車がくるまで歯科医院で対応できることは酸素投与を実施し,Spo2をモニターします.患者を座位にし可能であればアドレナリンを0.1~0.3ml/回を筋注します.ルートが取れればルートを取っておきます.ステロイドを点滴静注する場合,通常の喘息発作に頻用されるサクシゾン®,ソル・コーテフ®,ソル・メドロール®などのコハク酸エステルステロイドは禁忌です.デカドロン®,リンデロン®などリン酸エステルステロイドを1~2時間以上かけてゆっくり点滴静注します.急速な静脈注射は危険と考えられています3)

 

5.NSAIDs過敏症患者の医療事故 ―関連する3つの判例―

 

事故症例1「耳鼻科医がNSAIDs過敏症患者にボルタレンを処方し患者が死亡したケース」広島高裁 平成4年3月26日判決

 カルテには「ピリン禁」とは記載してあったが,薬による喘息発作の既往歴なしとの記載があったため,担当医とは別の医師が鼻茸除去手術の術後疼痛にボルタレン2錠を処方した.NSAIDs過敏症とは断定できないが,疑いがあった患者に対し負荷試験なくNSAIDs(ボルタレン2錠)を処方した過失が認められ約3,500万円の損害賠償を認めた.

 

事故症例2「歯科医が智歯抜歯後,NSAIDs過敏症患者にロキソニンを処方し,死亡したケース」福岡地裁 平成6年12月26日判決

 平成2年3月,福岡県内の歯科医院で智歯抜歯が実施され,抜歯後にロキソニン,レフトーゼ,ケフレックスが処方された.患者は自宅に戻り午後3時半頃に喘息の発作を起こし2回吸入剤の吸入を試みた.しかし発作が収まらず意識を失った.往診した呼吸器科医師により蘇生措置が試みられたが同日5時半,患者は死亡と診断された.歯科予診票の既往歴に喘息と記載され,歯科医師による問診でも喘息とピリン系の薬剤で喘息の発作が起こる旨を答えていた.裁判において歯科医師側は歯科界でNSAIDs過敏症は知られていなかったなどと主張したが,研鑽義務を怠ったなど歯科医師の不法行為責任が認められ約2,000万円の損害賠償を認めた.

 

事故症例3「休日診療所でロキソニンを処方され,死亡したケース」前橋地裁 平成24年8月31日判決

 平成22年,当時53歳の男性が群馬県内の歯科医師会立休日診療所で歯の治療を受けた後,処方されたロキソニンなどを服用した.間もなく心肺停止状態になり21日後に死亡した.裁判所は今まで経過観察していた医師への情報提供を求めるべきだった,患者に危険性と必要性を説明して自覚症状を報告させるべきだった,投与量の漸増させる方法をとるべきだった,救急救命具の点検不十分や起座呼吸の段階で喘息発作と診断できなかったのはミスであるとした.しかし,男性はそれまでNSAIDs過敏症と診断されたことがなかった(問診票既往歴欄に喘息とは記載していた).また,以前,非ステロイド性抗炎症薬を処方され服用したと思われるが異常はなかったことから,ロキソニン投与によって重い発作を引き起こすことは予見できなかったとして,担当医師の過失を認めず,男性の死亡との因果関係も認められないと判断し原告の訴えは棄却された.

 

6.Q&A(よくある質問集)

 

Q1  NSAIDs過敏症は遺伝しますか?

 A 家族内発症は稀と考えられています1)

Q2  NSAIDsアレルギーとの鑑別は?

 A NSAIDsアレルギーの場合はアナフィラキシー症状や皮疹が発症しますが,鑑別は困難と考えられています1)

Q3 湿布薬でも発症しますか?

 Aジクロフェナクナトリウムやロキソプロフェンナトリウムが配合された湿布薬でもNSAIDs過敏症は発症します.経皮での吸収は経口の100分の1程度ですが,まったく安全なわけではありません3)

Q4 どう診断されますか?

 A明らかな誘発歴①原因NSAIDs服用から1時間以内の発作出現,②中発作以上(起座呼吸を伴う発作),③鼻閉,鼻汁などの鼻症状を伴う
  この3つの明らかな誘発歴があり,鼻茸を合併した喘息は負荷試験をせずに本症と診断します8).要件を満たさない場合は負荷試験を実施します

Q5 確定診断に必要な負荷試験はどのようなものですか?

 A気管支吸入,鼻吸入,静注,内服による試験があります8)

Q6 負荷試験は歯科医院でも可能ですか?

 A負荷試験は例え微量であっても危険を伴います.歯科医院では絶対に行ってはいけません.

 

7.まとめ

・喘息患者の6~10%程度がNSAIDs過敏症(アスピリン喘息)である2)

・喘息かNSAIDs過敏症か判断できない場合にはとりあえずNSAIDs過敏症として扱うことが妥当1)

・喘息かNSAIDs過敏症か判断できない場合にはアセトアミノフェンを1回300mg以下で使用する(誘発の危険性がないとは言えないし,鎮痛効果が弱い).

・NSAIDs過敏症患者に対する歯科適応薬は現在,シメトリド(キョーリンAP2)と漢方薬(立効散)の2剤のみ.

・NSAIDs過敏症患者の抜歯などの口腔外科手術は対応可能な高次医療機関へ対診することも検討する.

・NSAIDs過敏症に限らず喘息患者はステロイドを長期間服用していることも多く,感染に対する配慮も必要.

・トリガーとなる歯科治療によるストレスや歯科薬品によるレジンモノマー5)やミント香味9)などの臭いにも配慮する.

 

8.参考文献

1)  厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル  非ステロイド性抗炎症薬による喘息発作

2) 榊原 博樹 NSAIDs過敏症 日本内科学会雑誌/85 巻 (1996) 2 号

3) 長坂行雄 内科より-NSAIDs過敏症を中心に 日気食会報,48 (2),1997 147-148

4)  Spector SL, Wangaard CH, Farr RS. Aspirin and concomitant idiosyncrasies in adult asthmatic patients. J Allergy Clin Immunol. 1979 Dec;64(6 Pt 1):500-6.

5) 後藤隆志,一戸達也 気管支喘息を有する患者に対する歯科治療時の注意点を教えてください.歯科学報 Vol. 112, No.4(2012)

6) チアラミド塩酸塩 ソランタール® 添付文書 LTLファーマ株式会社2021年8月改訂(第1版)

7) セレコックス錠 添付文書 ヴィアトリス製薬株式会社 2022年12月改訂(第3版)

8) 谷口 正実 気道過敏性検査とアスピリン負荷試験の実際(アレルギー実践講座)  アレルギー/58 巻 (2009) 2 号

9) 谷口 正実 NSAIDs不耐症/アスピリン喘息(AERD)における病態解明の進歩と臨床的側面 IRYO Vol.74 No. 10(428-436)2020

 

9.おすすめ

 

気管支喘息について深く学びたい方はこちらを

 

全身疾患について学びたい歯科衛生士さんはこちらを.比較的新しめ(2020年)の本です.

 

全身疾患について学びたい歯科医さんはこちらを.神戸大学古森先生の本です.

 

・・・全身疾患に関する本は歯科医院に1冊あってもよいと思います.

 

 

9.関連記事

 ↓こんな記事も書いています.読んでいきませんか?

【エビデンス】骨吸収抑制薬関連顎骨壊死ARONJ (BRONJ)の発症は予防できるか

【エビデンス】患者さんに予防歯科の行動変容を起こさせる方法  ― う蝕予防学における行動変容理論・動機づけ面接(Motivational Interviewing/MI) ―

【エビデンス】喫煙はう蝕の原因になるか? ~その原因と受動喫煙・口腔乾燥症との関連について~

 

PHOTO : CPH