【エビデンス】フッ化物(フッ素)イオン導入法って効果あるの?最近聞かない理由は?

投稿者: | 2021年5月22日
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 フッ化物応用法の一つ、イオン導入法は一般的に綿球塗布法よりも効果的にフッ化物を取り込むことが出来ると言われています。しかし教科書では見たけれど、どのようなものかは知らない。なんとなく効果ありそうだけれど導入していない。という歯科医師・歯科衛生士が大多数だと思います。今回、フッ化物イオン導入法についてどんなものなのか、そしてそのエビデンスについて調べてみましたので共有してみたいと思います。

 

1.フッ素イオン導入法の原理

 歯科におけるイオン導入法は電気泳動の原理を応用し、う蝕予防や根管治療に用いようとする治療法です。フッ素は口腔内でフッ化イオンとしてマイナスに荷電しています。歯の表面もマイナスに荷電しているので、歯に取り込まれにくくなっています。薬剤自体のフッ化イオンをプラスに変えることはできませんので、一時的に体(歯)にプラスを荷電し、マイナスに荷電しているフッ化イオンを体(歯)に取り込みやすくしようというものです。機序は非常にシンプルで、イオン導入法に用いる機械もそれほど難しい構造をしていません。

 

 

2.歴史

 イオン導入法は根管に薬液を満たし、電気的に薬物を輸送して根管内を消毒することを目標として古くからヨーロッパにおいて行われていたようです。歯科治療にイオン導入が使われたのは1900年に根管治療への応用を発表したのが最初だとされています。ただ、これらは電気分解で生じた物質を消毒に使用するというもので、現在使用されているイオン導入法と同一のものではありません。現在のイオン導入法に近いのは1931年にフランスのBernardにより報告された電極を髄腔内に挿入するというイオン導入法であり、その後の歯内療法におけるイオン導入法に繋がっています。

 日本では1942年、東京医科歯科大学の鈴木賢策が「Iontophoresesに関する実験的研究」を報告しています。その後、1958年に井上らが歯頸部知覚過敏症に対して酸化亜鉛のイオン導入を報告しています。それまで根管消毒や知覚過敏抑制のために利用されてきたイオン導入法を、歯の表層へ効果的にフッ化物を取り込むために応用したのがフッ素イオン導入法です。

 現在、日本では株式会社ナルコームが「パイオキュアー」というイオン導入機を唯一、製造・販売しています。本機は予防歯科用途にも根管治療用途にも使用できる機械です。

 

 

3.実際の使用方法

 イオン導入機「パイオキュアー」の使用方法を基に、使用方法を簡単に見てみようと思います。

  ① 専用イオントレーの綿に中性のフッ化ナトリウム溶液(2%NaF)を浸す。
  ② トレーを歯列に圧接させるようにして噛み合わせる。
  ③ 電極を患者さんに握らせ、スイッチを押す。
    ※作用時間は2分とか3分とか4分とか文献によって様々でした。

 

 

4.イオン導入法のエビデンス(う蝕予防)

 フッ素イオン導入法に関する論文は1960年代から80年代のものが多く、エビデンスとしては扱いにくい物ばかりでした。今回は比較的新しい海外の文献を2つと和文の文献を1つご紹介したいと思います。

 

(1)0.8mAのイオン導入とフッ素入りジェル(2%NaF)の塗布を併用することにより、う蝕様病変を有するエナメル質においてフッ化物の取り込みが増加した。

Pauli MC, Tabchoury CPM, Silva SAME, Ambrosano GMB, Lopez RFV, Leonardi GR.
Effect of iontophoresis on fluoride uptake in enamel with artificial caries lesion. Braz Oral Res. 2019;33:e037.

 比較的新しいブラジルの論文です。ウシのエナメル質ブロックに人工的にう蝕を再現し、invivoで実験を行ったものです。プラセボゲルを0.8mAでイオン導入下で塗布した群(コントロール群)と、2%NaFを0.1、0.2、0.4、0.8mAでイオン導入した群(介入群)を設定し比較した研究です。

 0.8mAという強い電流を流すと、CaF2の生成量が増加した。ハイドロキシアパタイトからのCa2+の移動と、その結果としてのCaF2の形成の両方を促進するのに役立ったと考えられる。より強い電流はハイドロキシアパタイト結晶からのPO42-の放出が促進され、FAの形成が促進するという結果になっています。

(2)フッ化物の濃度は,300μA(0.3mA)の標本で最も高かった。しかし病巣の深さの減少については実験群と対照群の間に有意差は認められなかった。

Kim HE, Kim BI.
Can the Application of Fluoride Iontophoresis Improve Remineralisation of Early Caries Lesions?
Oral Health Prev Dent. 2016;14(2):177-82.

 初期う蝕病変に最適なフッ素イオン導入の電流強度を求めるという論文です。ウシの切歯ブロック60個を96時間脱灰ゲルに浸漬し、初期う蝕病変を作成し、4分間のフッ化物を100、200、300、400μAでイオン導入し、フッ化物濃度を測定したものです。

 ブロックのフッ素イオン濃度は300μAで最も高くなったが、フッ化物による初期う蝕病変の減少については統計学的有意差が認められなかったという結果になっています。

(3)イオン導入法は2%NaF塗布法よりも統計学的に良い成績を示した。

栗山 純雄, 長島 障ら
In Vivoでの直流断続電流を用いたフッ素イオン導入法における歯面へのフッ素取り込み効果について第1報:塗布法および直流断続電流通電法の比較
小児歯科学雑誌1979 年 17 巻 2 号 p. 234-240

 今から40年以上前のとても古い日本の論文ですが、6~10歳の小児18名の上顎両側中側切歯72歯を対象にヒトを対象とした介入研究で、「リベットイオンタフ(かつて松下電池工業株式会社から発売されていたイオン導入機)」を用い通電(150μA)した群と2%NaF塗布法との比較を行った研究です。

 フッ素取り込み比は、通電した方が約1.6倍、高かったという結果が得られ、イオン導入法は統計学的に2%NaF塗布法よりも良い成績だったという結果になっています。

 

5.まとめ

(1)イオン導入法のエビデンス検索
 フッ化物のイオン導入法については古い基礎研究が多く(特に日本では近年ほぼ発表されていない)、メタ解析はおろかシステマティックレビューのような良質なエビデンスを持つ論文とは出会うことが出来ませんでした。できるだけ努力しましたが残念ながら本Blogもあまり良い記事にすることができませんでした。

(2)イオン導入法の効果と問題点
 ①様々な論文を読んでみるとイオン導入法は中性の2%NaFの塗布法と比較して1.5倍程度フッ素取り込み量が増加するという結果になっていました。ただ、これが信頼性が高いものかというと、まだまだ疫学研究が足りない感じました。フッ化物応用法の他のものと比較して圧倒的に疫学研究が少なく、応用時間ですら文献によりバラバラで、どれほどの効果が得られるのかが曖昧です。

 ②イオン導入法に用いる専用トレーは歯肉を覆わないように薄く設計されています。歯肉を覆ってしまうと歯質よりも抵抗性の低い歯肉側に電気が流れてしまい、本来の歯質側にプラスの電荷が出来ない可能性が出てくるからです。つまり歯冠部には薬液が浸すことが出来ますが、歯頸部には薬液を浸すことが出来ません。メーカーは歯冠部からイオン化されたフッ素が歯全体に吸収されるとしていますが、歯冠部から吸収されたフッ素がどの程度、歯頸部に移行するかを証明する詳しい文献を見つけることが出来ませんでした。高齢化社会を迎え成人の根面う蝕への配慮が必要になっています。イオン導入法の専用トレーでは根面う蝕に対して対応することが困難だと考えられます。

 ③根管長測定器や歯髄診断器の使用はペースメーカー使用患者に対して影響はないが、イオン導入装置はペースメーカーの波形の変化と不整脈を引き起こすという結果が出ており、イオン導入法はペースメーカー使用患者に対しては禁忌になっています。

 

(3)イオン導入法の現在、過去、未来
  象牙質知覚過敏症に対するイオン導入法のエビデンスは比較的多く存在していました。しかし、各種レーザーの登場や塗布剤の進化によって前時代的な医療技術になっているなという感じが否めませんでした。また口腔衛生学会編「う蝕予防の実際 フッ化物局所応用実施マニュアル」には「イオン導入法を用いることの妥当性を主張するには、根拠のある疫学データが必要である」と記載されている通り、文献検索によってエビデンスレベルの高い文献を見つけることが出来ませんでした。

 現在、ライオンから販売されている一部の歯磨剤にカオチン化セルロースが配合されています。これは歯磨剤にプラスに荷電した高分子である「カオチン化セルロース」を配合し、フッ素イオンが取り込まれやすいようにするというものです。イオン導入法は専用の機械を持っている歯科医院でしかできませんが、この技術によってイオン導入法に類似した「フッ素が取り込まれやすい環境」を手軽に手に入れることが出来ます。研究が進むとより一般化するものと期待しています。

 基本的に予防医療はまず、患者さんの手によって(セルフケア)行われるものであって、専門家はそのセルフケアを支援するというスタンスが第一だと考えています。イオン導入法は[装置がある歯科医院]という限られた場所において行われているフッ化物応用法です。う蝕や歯周疾患から多くの人が救われるべきという考え方からは少し離れてしまうかなと感じています。例えば、貧困国の人々がその恩恵を受けられないのだとしたら、その予防戦略の優先度は低くなってしまうのではないかと思ってしまうのです。そう考えると、中性のフッ化ナトリウム溶液を用いてイオン導入を実施するよりも、歯頸部まで覆うトレーに酸性のリン酸酸性フッ化ナトリウムを入れトレー法として作用させたほうが費用対効果の高いものになるのではないかと考えられます。

 

 

6.参考文献

英文

Pauli MC, Tabchoury CPM, Silva SAME, Ambrosano GMB, Lopez RFV, Leonardi GR.
Effect of iontophoresis on fluoride uptake in enamel with artificial caries lesion. Braz Oral Res. 2019;33:e037.

Kim HE, Kim BI.
Can the Application of Fluoride Iontophoresis Improve Remineralisation of Early Caries Lesions?
Oral Health Prev Dent. 2016;14(2):177-82.

Wanasathop A, Li SK.
Iontophoretic Drug Delivery in the Oral Cavity.
Pharmaceutics. 2018;10(3):121. 

Keiko YOKOYAMA, Takahide KOMORI, Koukichi MATSUMOTO
Electro-magnetic Interference of Electronic Apex Locator, Pulp Tester and Iontophoresis Apparatus to Patients with Cardiac Pacemakers
J. Showa Univ. Dent. Soc. 18 : 341-345, 1998

 

和文

鈴木賢策
Iontophorese に関する実験的研究
口病誌 16(6), 411-429, 1941

井上雅臣 :
象牙質知覚過敏症の処置としての亜鉛イオン導入法
日歯保誌 1 : 1~16, 1958.

石橋真澄
イオン導入法(Iontophoresis)についてその研究の歴史
日本歯内療法協会雑誌 第11巻第2号 1990

栗山 純雄, 長島 障ら
In Vivoでの直流断続電流を用いたフッ素イオン導入法における歯面へのフッ素取り込み効果について第1報:塗布法および直流断続電流通電法の比較
小児歯科学雑誌1979 年 17 巻 2 号 p. 234-240

荷宮 文夫, 一田 尚利ら
フッ素イオン導入法による永久歯齲蝕予防の臨床実験的研究
九州歯科学会雑誌 27(2), 156-162, 1973

 

その他

日本口腔衛生学会フッ化物応用委員会編 う蝕予防の実際 フッ化物局所応用実施マニュアル 社会保険研究所

パイオキュアー P-11 添付文章 株式会社ナルコーム

パイオキュアーカタログ 株式会社ナルコーム

 

 

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8.おすすめ

 

日本で過去に発売されたフッ化物応用に関する3つのマニュアルが1つになっています。
歯科クリニックに必ず1冊あるべき本だと思います。

 

photo : malmo