【考察】フッ化物応用の効果と安全性 ~フッ素は危険だと思っている方へ~

投稿者: | 2021年1月20日
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 歯科医院で使用されているフッ化物の原料となるフッ素は、自然界のどこにでもある物質です。魚や肉、野菜など様々な食物にも含まれており安全性の高い物質です。歯科用フッ化物の安全性は多くの論文や学会ガイドラインなどで実証されています。今回はフッ化物応用と安全性について説明してみたいと思います。(この記事は2023年3月25日に加筆しました)

1.「フッ素」なのか「フッ化物」なのか


 「フッ素」という用語は、一般的に用いられていますが、1957年にIUPAC(International Union of Pure and Applied Chemistry)は元素名として使用する際は「フッ素(Fluorine)」、フッ素化合物に対しては「フッ化物(Fluoride)」と命名しました。つまり、歯科医院で取り扱うような場合、「フッ素」は元素つまり単体では限られた場所にしか存在しないため「フッ化物(Fluoride)」と呼ぶことが正しいということになります。

 

2.フッ素(F)の化学

 フッ素が認識されていた歴史は古く,医師で学者であったゲオルギウス・アグリコラ(ゲオルグ・バウエル)(1490-1555)が1530年「ベルマヌス」という対話形式の書物の中で蛍石のことを紹介しました.アグリコラは「鉱夫たちはこの石を”fluores”と呼んでいる.この鉱物はルビーやアメジストと見間違うが,それより柔らかく炎で溶けてしまう.金属を溶解するときに融剤として用いられる.黒,白,黄,金,紫,緑と多くの色を呈し絵具としても使われている」と述べています.


 フッ素の元素記号は「F」、元素記号の9番で知られています。1771年スウェーデンの化学者であるシェーレがフッ素の化合物であるフッ化水素酸(HF)を発見しました。しかしフッ素を単離することは難しく、その後何年も実験が繰り返されます。1886年フランスの化学者モアッサンが電気分解を-50℃という超低温、さらに使用する電極を白金・イリジウム電極という特殊な電極を使用し、ようやく単離に成功しました。このフッ素を単離させる研究の功績が評価され、モアッサンは1906年にノーベル化学賞を受賞しています。このような研究における経緯と反応性の高さから、長らく単体でのフッ素は単体では自然界に存在しないと考えられてきました。現在、フッ素は蛍石(CaF2)や氷晶石(Na3AlF6)として存在し、単体では存在しないことがわかっています。

 現在利用されているフッ素の元は蛍石(CaF2)やリン鉱石(Ca10(PO4)3F2)です.1970年頃まではメキシコやヨーロッパで産出されていましたが,現在は中国での産出量が半分を超えています.中国は2009年から政府の高付加価値政策により蛍石ではなくフッ化水素での輸出に転換しています.蛍石の埋蔵量が次いで多いのがメキシコですが,こちらは高品質なアシッドグレードではなく,治金・セラミックグレードとなりフッ化水素を作ることが出来ません.つまり99%以上を中国に依存しています.蛍石はクラーク指数で17位とそれほど希少というわけではありませんが,米国地質調査所(USGS)のデータによると2009年の時点で世界の可掘埋蔵量が2億3,000万トン,実際の採掘量は約600万トン/年なので可掘年数は2009年時点で38年,現在はあと25年程度ということになりますのでフッ素資源もリサイクルに取り組まれています.

 フッ素(F)は、一般に微量元素と認識されていますが、実は地殻(地球の表層部)に含まれる化学元素のうち13番目に多いもので常に化学結合した化合物として広く地球上に存在しています。海水や土壌、食品にももちろん含まれていて、私たちは日頃普通に食べたり飲んだりしています。人間の母乳にも含まれていて、WHOは生物に必要な16の微量元素のうちの1つに挙げています。また、アメリカやEU諸国、スウェーデンなどでは「歯や骨の成長に必要」と捉え摂取すべき栄養素に挙げられています。


 歯科医院で使用されているフッ化ナトリウムなどは、眼鏡やフライパンのコーティング、金属や鋳造物の洗浄、半導体などのエッチング(酸処理)剤として使用されているフッ化水素酸(HF)とは明確に違うものです。これらを混同され、フッ素(フッ化ナトリウム)は危険と理解してしまっている方が多いので注意が必要です。

 

3.う蝕に対するフッ化物の歴史


 20世紀に入り特定地域で歯の色の変化やう蝕が少ないという現象が多く報告されるようになりました。1938年アメリカの研究者H. T. Deanが飲料水中のフッ化物濃度とう蝕抑制効果、歯への影響(歯のフッ素症)についての報告をまとめました。1945年アメリカミシガン州で水道水にフッ化物1ppmのフロリデーションを開始したところ小児のう蝕は半減しました。

 その後、全身応用として世界中で水道水添加などが行われました。しかし、フッ化物の作用が徐々に明らかになり1980年代の終わりには全身的フッ化物療法は、それほどフッ化物の主な使用目的であるう蝕予防に対して貢献していないことが示されました。つまり局所応用で十分だということが判明し、その頃から水道水添加などの全身応用が減少していったのです。

 

4.う蝕に対する有効性


(1)エナメル質強化(耐酸性向上)
 <高濃度のフッ化物の場合>
 歯科医院で応用される9,000ppmの歯面塗布剤や22600ppmのバーニッシュ剤を歯面に塗布すると、反応生成物としてエナメル質表層のカルシウムと反応しフッ化カルシウム(CaF2)が生成されることがわかっています。原料の蛍石と同じものが生成されるわけですね.このフッ化カルシウムはエナメル質の表面がう蝕になりやすい酸性の状態になると唾液中に徐々に溶解しCa2+やFイオンの供給源となることがわかっています。つまり、高濃度のフッ化物を応用した場合、応用(塗布)した後も歯質強化に貢献してくれるのです。

 <低濃度のフッ化物の場合>
 フッ素イオンが歯のエナメル質の成分「ハイドロキシアパタイトCa10(PO4)6(OH)2」の水酸基OH-と置換し、リンやカルシウムが溶け出しにくいフルオロアパタイト「Ca10(PO46F2 + 2OH」を形成させ耐酸性が向上すると考えられています。毎日の歯磨剤に含まれているフッ化物がう蝕予防に有効なのは、エナメル質の弱い部分を強いフルオロアパタイトに変化させてくれるためなのです。


(2)歯の再石灰化促進
 むし歯はエナメル質に付着したプラ-ク(歯垢)の中でつくられた酸が、エナメル質中のカルシウムイオン(Ca2+)やリン酸イオン(PO43-)を溶解することで始まります。これを「脱灰」といいます。初期の脱灰はエナメル質の表層より少し下から始まるため、ある時期までは表層が残り、一見すると正常であり、ただ白い斑点が生じたように見えます。ところが食事などの外圧によって最表層が陥没して穴が開いていきます(う窩)。こうなると口腔内の細菌の感染が起こりむし歯が大きく、深くなります。しかし表層のエナメル質が残っている初期の脱灰の状態では、カルシウムイオンやリン酸イオンが豊富な唾液などが作用して再石灰化が期待できます。フッ化物は、この初期う蝕の再石灰化を促進する作用を有しています。


(3)細菌の活動性抑制
① 酵素であるエノラーゼが、グルコースなどの糖をリン酸化してう蝕細菌の菌体内に取り込む際の基質になるホスホエノールピルビン酸を生成します。エノラーゼはフッ化物を取り込むことによって阻害され、ホスホエノールピルビン酸の生成を抑制することがわかっています。
② ミュータンス連鎖球菌は菌体内に生じたH+をATPアーゼによって菌体外に排出すると考えられています。フッ化物はこのATPアーゼを阻害することがわかっています。
③ フッ化物の糖代謝阻害作用はpHが低い(う蝕が起こりやすい環境)のほうが強いことがわかっています。これは酸性条件下ではフッ化物は細胞膜を通過しやすい状態にあるためだと考えられています。菌体内に入ったフッ素は菌体内部のpHが菌体外より高いことにより解離状態のF-に変化して阻害作用を発揮します。

 

5.危険性と安全性


(1)急性中毒(嘔吐など)
 推定中毒量5mg/kg以下でも軽度の症状は発現することがあり、牛乳の飲用を勧めることはあっても治療の必要はない程度とされています。推定中毒量は5歳児(体重18kg)が週5回法のフッ化物洗口液(0.05%フッ化ナトリウム溶液)を40人分一度に飲んだ場合に到達します。また、9,000ppmの歯面塗布法では、乳歯に1ml程度を使用するため、体重10kgの1歳児が全て飲み込んでも摂取量は0.9mg/kgとなり急性中毒は起こりません。


 過剰に摂取したフッ化物は成人の場合、90%以上が便や尿から排泄されます。小児の場合は骨や歯の形成など発育過程で生体がフッ化物を必要とするため約40%が血液を介して生体(歯や骨の硬組織)に利用されます。


(2)慢性中毒(骨や歯のフッ素症)
 骨や歯の形成期に比較的高濃度のフッ化物を長期間摂取(飲用)することにより、骨や歯にフッ化物が蓄積すると骨や歯のフッ素症が生じます。しかし、フッ化物塗布やフッ化物配合歯磨剤などむし歯予防のための局所応用で慢性中毒の危険性はなく安全であることがわかっています。
 フッ化物応用に限らず塩や醤油を大量に摂取すると毒になるように、食品や薬剤には必ず副作用や毒性が存在します。しかしフッ化物応用は用法・用量を守れば、これほどう蝕予防になる武器は今のところ存在しません。ちなみに戦後、歯磨剤等のフッ化物で中毒やアレルギー等の報告は1例もありません。

 

6.日本で使用されているフッ化物の種類


 日本で使用されているフッ化物は以下の3種類です。それぞれ特徴がありますが、効果に関してはどれもあまり変わらないとされています。
 ① NaF(フッ化ナトリウム):小児から高齢者まで幅広く使用される歯磨剤の薬用成分のスタンダード
 ② MFP(モノフルオロリン酸ナトリウム):イオン化しにくく血中に入り込みにくいため、毒性が低い
 ③ SnF2(フッ化第一スズ):スズイオンの抗菌作用によりmutans streptococciのレベルが高い人に効果が高い。

 

7.まとめ


 ・実は「フッ素」の原料となる「蛍石」は枯渇問題を抱えている.
 ・ 「フッ素」は元素名で、化合物である「フッ化物」として利用される。
 ・ 海外では骨や歯に必要な栄養素(微量元素)と捉えられている。
 ・ 歯科医院で用いられる安全性の高いフッ化ナトリウム(NaF)と、毒性の高いフッ化水素酸(HF)は別の物質。
 ・ フッ化物応用の主流は局所応用であり、現在我が国で全身応用は実施されていない。
 ・ う蝕に対する予防作用はエナメル質強化、再石灰化促進、細菌の活動性抑制の3つの効果によるもの。
 ・ 大量に飲み込まないと急性中毒は起こらない。塗布や歯磨剤などの局所応用で慢性中毒は起こらない。

 

8.参考文献


 平山健三ら 編 化合物命名法 南江堂 1960
 う蝕予防の実際 フッ化物局所応用実施マニュアル 社会保険研究所 2017
 う蝕予防のためのフッ化物歯面塗布実施マニュアル フッ化物応用研究会編 2007
 フッ化物をめぐる誤解を解くための12章 第三版 医歯薬出版 2016
 Karies SJUKDOM OCH HÅL Bengt Olof Hansson・Dan Ericson Gothia Fortbildning 2014
 スウェーデンのすべての歯科医師・歯科衛生士が学ぶトータルカリオロジー 2014
 デンタルハイジーン別冊 エビデンスを臨床に齲蝕予防マニュアル 医歯薬出版 2019
 う蝕細菌の分子生物学 武笠英彦監修 クインテッセンス出版株式会社1997

 経済産業省 令和元年度鉱物資源開発の推進のための探査等事業(鉱物資源基盤整備調査事業(鉱物資源確保戦略策定に係る基礎調査))報告書
 山辺 正顕 監修 トコトンやさしいフッ素の本 日刊工業新聞社

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