【エビデンス】歯のフッ素症(斑状歯)はフッ化物洗口やフッ化物配合歯磨剤で起こるのか?

投稿者: | 2021年6月4日
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 歯のフッ素症(Dental fluorosis)とは、エナメル質の形成期に過量のフッ化物を長期間摂取した場合に生じるエナメル質石灰化不全で、斑状歯とも呼ばれます。6歳未満のフッ化物応用には注意が必要とする理由になっています。しかし、なぜ6歳が基準なのか?果たして局所応用で歯のフッ素症は起こるのだろうか?そのような疑問を解決すべくもう一度そのあたりを調べてみることにしました。

 

1.歯のフッ素症はなぜ起こるか

 歯のフッ素症は、エナメル質形成期にフッ化物を過量に長期間継続的に摂取した場合に発生する歯の形成障害で、エナメル芽細胞が障害されることによって起こるとされています。臨床上、エナメル質に両側性、水平的な審美上の変化(不透明な縞模様、白斑、白濁など)が起こり、エナメル質石灰化不良による小陥凹に二次的な外来性の色素が沈着することによって褐色の着色がみられます。

 組織学的にフッ化物投与の影響は、基質形成期・移行期・成熟期初期のエナメル芽細胞に変化がみられるとされ、分裂増殖期・基質形成前期・成熟期の中期および後期のエナメル質形成細胞に変化は見られなかったとする報告があります。歯のフッ素症はエナメル質に高度な石灰化不良を起こすことから、エナメル質形成細胞に障害を与え、水分や有機基質の脱却を障害することによって移行期と成熟期(主に初期?)の石灰化に異常をきたし、エナメル質形成不全を引き起こしている可能性があります。ただ、エナメル質の形成は表層で基質形成されていても深層では結晶成長が進行しているなど、一概にこの段階だから形成は終了しているとはいいきれません。

 現在、フッ化物がエナメル芽細胞の小胞体の機能に影響を与えタンパク質合成の乱れを引き起こす可能性が指摘されていたり、酸化ストレスや遺伝子型も歯のフッ素症に関与しているともされています。つまり歯のフッ素症は様々な要因で引き起こされる可能性もあるが、主にエナメル芽細胞の障害による形成不全であり、エナメル質が完全に形成された後でフッ化物を摂取しても歯のフッ素症は発生しにくいと考えられています。

 

2.局所応用(歯磨剤、塗布法、洗口法)で歯のフッ素症は発生しうるか

 歯のフッ素症は永久歯に発現し、乳歯には稀であるとされていることから、永久歯に的を絞って論を進めていきたいと思います。

 ヒト永久歯のエナメル質は最も形成が早い第一大臼歯の場合であっても歯胚形成は胎生3 1/2~4か月とされ、歯冠完成が2 1/2~3年とされています。中切歯の場合、歯胚形成は胎生5~5 1/4月とされ、歯冠完成が4~5年とされています。一方、萌出が一番遅い第二大臼歯の場合、歯胚形成が8 1/2~9か月、歯冠完成が7~8歳とされています。

 確かに6歳以上であれば、ほとんどの歯種のエナメル質はほぼ完成しており、タイミング的には歯のフッ素症に罹患するリスクは低いと考えられます。仮に、局所応用でエナメル芽細胞に障害が起こると仮定した場合であっても、フッ化物を飲料水として服用するなど長期的かつ継続的に応用することがない局所応用のみで歯のフッ素症が起こることは考えにくいと思います。

 日本口腔衛生学会編「フッ化物応用実施マニュアル」も、フッ化物洗口と歯のフッ素症について「フッ化物洗口を開始する時期が4歳であっても、永久歯の歯冠部は、ほぼできあがっているので、水道水フロリデーションが実施されていない地域では、フッ化物洗口によって歯のフッ素症が発現することはありません」と記載しています。つまり、そもそもフッ化物の取り込み量が少ない日本では、局所投与を実施しても歯のフッ素症が起こる可能性は低いということです。また、日本でフッ化物の局所応用法によって歯のフッ素症が起こったという報告は見つかりませんでした。

 

3.歯のフッ素症に関するエビデンスは?

 歯のフッ素症に関する研究は数多くあります。今回はその中から、総説1件、システマティックレビュー2件、フロリデーションと発病率の論文、カナダ小児科学会のステートメントの計5つを簡単にご紹介します。

(1)「5歳までの子供は、歯磨きの際に使用する歯磨き粉の約30%を飲み込んでしまう。また、フッ素入りの水を同時に摂取すると歯のフッ素症の潜在的なリスクが発生する」

Abanto Alvarez J, Rezende KM, Marocho SM, Alves FB, Celiberti P, Ciamponi AL.
Dental fluorosis: exposure, prevention and management. Med Oral Patol Oral Cir Bucal. 2009 Feb 1;14(2):E103-7.

 2009年に発表されたブラジル サンパウロ大学の小児と歯のフッ素症に関する総論です。今回、システマティックレビュー同様に個別の論文まで追っていきませんが、よくまとめられていて歯のフッ素症に関する知識を整理するのに役立ちました。

(抜粋)
・いつ、どのくらいの期間フッ化物に過剰に暴露されたか、個人の反応、体重、物理的な度合い、栄養因子および骨の成長に依存し、そのことから同じ量のフッ化物でも歯のフッ素症のレベルは異なる。
・歯のフッ素症は生後20~30ヵ月の間にフッ化物に過剰にさらされた子供に起こりやすい永久歯列の審美的変化。フッ化物の過剰曝露の臨界期は1歳から4歳の間であり、8歳前後では危険ではない。
・フッ化物を添加した飲料水、フッ化物のサプリメント、局所的なフッ化物応用、子供用に処方された粉ミルクの4つがリスク因子になる。
・歯の発育中に体内で一定のフッ化物濃度が保たれる時間に依存する。しかし、この問題に関する疫学的データは文献に乏しい。
・8~9歳の子供の永久切歯におけるフッ素症の有病率は、水道水フロリデーション実施地域とそうでない地域のフッ素症の有病率は、それぞれ54%と23%であった。
・井戸から直接飲料水を得ている地域では、歯のフッ素症が発症しており、井戸が深ければ深いほど飲料水のフッ素濃度は高くなる。
・水道水フロリデーション地域では、フッ化物サプリメントの使用による歯のフッ素症のリスクは4倍以上である。
・過剰なフッ化物の摂取は、フッ化物を含む歯磨き剤の不適切な使用または飲み込みによるものであり、歯のフッ素症の発症の原因となる。予防法としては歯磨剤の使用量を減らし、低濃度のフッ化物配合歯磨剤(約400ppm~550ppm)が好ましい。泡状の歯磨剤は流動性が低く、塗布量が少なくて済むため、より安全性が高い。

 

(2)生後12ヶ月未満の小児にフッ化物配合歯磨剤を使用することは、歯のフッ素症のリスク増加と関連があるかもしれないという、弱く信頼性のないエビデンスがある。12~24ヶ月の期間中に(フッ化物配合歯磨剤を)使用するエビデンスは、はっきりしない。

Wong MCM, Glenny AM, Tsang BWK, Lo ECM, Worthington HV, Marinho VCC.
Topical fluoride as a cause of dental fluorosis in children. Cochrane Database of Systematic Reviews 2010, Issue 1. Art. No.: CD007693.

 2010年のコクランレビューです。このレビューは幼児のフッ化物局所応用と歯のフッ素症の関係を論じています。
生後12ヶ月以降の幼児の歯をフッ化物配合歯磨剤で磨き始めた場合、歯のフッ素症の発症は統計学的に有意に低かった。フッ化物配合歯磨剤による歯磨きの開始時期が生後24ヶ月以前か以後かでは、歯のフッ素症の発症は統計学的に有意な関連が認められなかった。複数のRCTでは、高濃度のフッ化物の使用が歯のフッ素症のリスク増加と関連していたが、歯磨きの頻度およびフッ化物配合歯磨剤の量と歯のフッ素症との間には有意な関連が認められなかった。 
 う蝕予防におけるフッ化物局所応用のメリットと歯のフッ素症の発現リスクはバランスを考慮する必要がある。生後12ヶ月未満の小児にフッ化物配合歯磨剤を使用することは歯のフッ素症のリスク増加と関連があるかもしれない弱く信頼性のないエビデンスがみられた。12~24ヶ月の期間中に使用するエビデンスは、はっきりしない。もし歯のフッ素症のリスクが心配であれば(6歳未満の)幼児の歯磨剤のフッ化物濃度を1,000ppm未満にすることが推奨される。と結論づけています。

 

(3)「幼児に対するフッ化物配合歯磨剤の濃度の選択は、歯のフッ素症のリスクとのバランスを考慮すべきである」

Walsh T, Worthington HV, Glenny AM, Marinho VCC, Jeroncic A.
Fluoride toothpastes of different concentrations for preventing dental caries. Cochrane Database of Systematic Reviews 2019, Issue 3. Art. No.: CD007868.

 2019年のコクランレビューです。このレビューはフッ化物配合歯磨剤は濃度が高いほどう蝕予防に効果的であるというレビューであって、直接的に歯のフッ素症のレビューではありません。フッ化物配合歯磨剤の有害作用を評価した研究は少数で、報告された場合であっても軟組織の損傷や歯の着色などの影響は最小限であった。と記載されているように「濃度が高ければ高いほどいいよというのではなく、幼児の場合はリスクも考慮してね」ということであって、このレビューによってフッ化物配合歯磨剤は歯のフッ素症の原因になるということを証明したものではないので注意が必要です。

 

(4)「う蝕と歯のフッ素症の適切なトレードオフは、0.7 ppm F付近で起こる」

Heller KE, Eklund SA, Burt BA.
Dental caries and dental fluorosis at varying water fluoride concentrations. J Public Health Dent. 1997 Summer;57(3):136-43.

 本研究は1986~87年に実施された米国学童の調査データを用いた大規模な研究(n=18,755)で、水道水フロリデーションと歯のフッ素症の重要な研究だと考えられます。現在、日本で水道水フロリデーションは実施されていませんが、歯のフッ素症と水道水フロリデーションを別にして考えることはできません。フッ化物の飲料水濃度が0から0.7ppmFに増加するとう蝕等が急激に減少したが、0.7ppmF以上だと追加的な効果はほとんど得られなかった。
 歯のフッ素症の有病率は水道水中フッ素濃度が0.3ppmFで13.5%だったが、0.3~0.7ppm未満で21.7%、0.7~1.2ppmF未満で29.9%、1.2ppmF以上で41.4%と濃度とともに増加した。フッ化物サプリメントの使用はフッ素症の増加を犠牲にして、う蝕をさらに低下させることに関連していた。う蝕とフッ素症の適切なトレードオフは0.7ppm程度だった。という内容です。

 

(5)「補助的なフッ化物(洗口剤やトローチ)は生後6ヵ月からのみ投与されるべき」

The use of fluoride in infants and children
J Godel; Canadian Paediatric Society, Nutrition and Gastroenterology Committee Paediatr Child Health 2002;7(8):569-72

 日本よりもフッ化物に対する関心が高く、度々ステートメントが発表されているカナダ。全州ではありませんが、カナダではフロリデーションが実施されています。本ステートメントはカナダ小児科学会による2002年のステートメントです(2019にReaffirmedされています)。カナダ歯科医師会(CDA)ではなくカナダ小児科学会(CPS)発表のステートメントです(本ステートメントはCDAの声明と対立するものではありません)。水道水フロリデーションを実施しているカナダならではの、より具体的なステートメントになっています。

(抜粋)
・フッ化物は自然濃度が0.3ppm未満である自治体の水道水に添加されるべきである。
・虫歯とフッ素症の間のトレードオフは0.7ppm付近である。
・フッ化物濃度の表示は歯磨き粉のチューブに印刷され続けるべきであり、歯磨き粉の使用量が示されるべきである。
・フッ化物を含むすべての食品または飲料には、フッ化物濃度が記載されるべきである。
・子供は「豆粒大」の量の歯磨き粉だけを使用し、余分なものを飲み込まないようにする。
・フッ化物の作用は局所的なものであるため、歯が生えてくる前にフッ化物を与えてはならない。
・補助的なフッ化物は生後6ヵ月からのみ投与されるべきであり、それは以下の条件が満たされている場合に限られる。
 ・飲料水のフッ化物の濃度が0.3ppm未満である場合。
 ・子供が少なくとも1日2回の歯磨きをしていない(または保護者に歯磨きをしてもらっていない)場合。
 ・歯科医師または他の医療専門家の判断で、子供のう蝕リスクが高い場合。

 

4.Q&A

Q1 日本で歯のフッ素症が起こったことはありますか?
 人為的にフッ化物を添加し発生したものではありませんが、水源や井戸水などに含まれていたフッ素を原因として1925年に福井で報告されて以来,宮城県を除く46都道府県で調査報告があります.1971年に報告された六甲山系の水源を原因とした兵庫県宝塚市の歯のフッ素症は有名です.現在では水道が厳しく管理されているため,1980年代を最後に報告されていません.

Q2 局所応用で歯のフッ素症が起こったという報告はありますか?
 国内外の文献を検索しましたが、局所応用単独で歯のフッ素症が発生したという報告は見つけることが出来ませんでした。

Q3 インドで歯のフッ素症が多いのはなぜですか?
 インドで歯のフッ素症が多いのは高濃度のフッ素が含まれる地下水の利用や岩塩の摂取による影響です。

Q4 6歳以下の子供にフッ化物配合歯磨剤やフッ素洗口は危険ですか?
 フッ化物の取り込み量がそもそも少ない日本では、局所応用で歯のフッ素症になることは考えにくいです。
 しかし、多くの論文で不要なフッ化物の取り込みを減らすよう勧告しており、歯磨剤の量を減らしたり、年齢に合うフッ化物濃度の歯磨剤を使用したり、適切な量のフッ素洗口剤を使用するほうがよいと思います。

Q5 海外では日本で行われているフッ化物製剤の他にどんな製剤がありますか?
 一部の国では水道水フロリデーションが実施されています。海外ではフッ化物配合ガム、フッ化物配合タブレットが販売されています。カリエスリスクが高い人には5,000ppmの歯磨き粉が処方されることもあります。

 

 

 

5.まとめ

 色々な論文検索による個人的かつ主観的なまとめです。

歯のフッ素症のリスクについて
・ 歯のフッ素症のリスクは暴露期間、個人の反応、体重、物理的な度合い、栄養因子などで同量・同濃度のフッ化物であっても様々である。

水道水フロリデーションとの関係性
・ 水道水フロリデーションを実施している地域だとそのリスクは上昇する。
・ 日本のようにフロリデーションが実施されていない地域では、局所応用で歯のフッ素症は起こりづらいと考えられる。

6歳未満の乳児・小児について
・ 6歳未満の小児は嚥下機能の未発達によってフッ化物配合歯磨剤を飲んでしまっている可能性があるため、歯のフッ素症のリスクは生じる。
・ 洗口剤を使用する4~5歳では多くの歯でエナメル質の形成は完了しているため、リスクはほぼないと考えられている。
・ 生後まもなくの小児へのフッ化物配合歯磨剤の使用はリスクになりうる(歯の生えていない乳児にフッ化物配合歯磨剤は不要)。
・ 日本の小児(3~4歳児)の歯磨剤の使用量は0.29gと諸外国の1/3程度とかなり少ない。

歯のフッ素症を予防するために
・ 不必要なフッ化物の摂取は避けるべき(使用量を減らすなど避けるような取り組みを実施するべき)。
・ 小児への歯磨剤や洗口剤などは歯科医師や歯科衛生士など専門家が製剤の種類、量、濃度、使い方等を指導してから利用させる。
・ 年齢などによって歯磨剤の使用量や濃度を調整する必要がある。
  ・ エンドウ豆大(歯ブラシヘッドの半分を超えない)程度の歯磨剤
  ・ 1,100ppmを超えるフッ化物配合歯磨剤の使用を控え、低濃度歯磨剤(500ppmなど)を使用する
  →日本口腔衛生学会が発表しているような歯磨剤の使用量・方法で問題ない。

 

 

6.参考文献

Wei W, Pang S, Sun D.
The pathogenesis of endemic fluorosis: Research progress in the last 5 years.
J Cell Mol Med. 2019;23(4):2333-2342.

Abanto Alvarez J, Rezende KM, Marocho SM, Alves FB, Celiberti P, Ciamponi AL.
Dental fluorosis: exposure, prevention and management.
Med Oral Patol Oral Cir Bucal. 2009 Feb 1;14(2):E103-7.

Wong MCM, Glenny AM, Tsang BWK, Lo ECM, Worthington HV, Marinho VCC.
Topical fluoride as a cause of dental fluorosis in children.
Cochrane Database of Systematic Reviews 2010, Issue 1. Art. No.: CD007693.

Walsh T, Worthington HV, Glenny AM, Marinho VCC, Jeroncic
A. Fluoride toothpastes of different concentrations for preventing dental caries.
Cochrane Database of Systematic Reviews 2019, Issue 3. Art. No.: CD007868.

Heller KE, Eklund SA, Burt BA.
Dental caries and dental fluorosis at varying water fluoride concentrations.
J Public Health Dent. 1997 Summer;57(3):136-43.

Canadian Paediatric Society,
The use of fluoride in infants and children.
Paediatr Child Health. 2002; 7(8):569-582.

Del Bello L.
Fluorosis: an ongoing challenge for India.
Lancet Planet Health. 2020; 4(3): e94-e95.

日本口腔衛生学会 フッ化物応用委員会編
う蝕予防の実際フッ化物局所応用実施マニュアル 社会保険研究所

宝塚市水道水フッ素濃度の経年的推移と斑状歯・むし歯のない者の割合の関係
近藤 武, 笠原 香, 中根 卓, 樋口 壽英, 藤垣 佳久
口腔衛生学会雑誌54(2)2004 p.144-150

エナメル質成熟化と有機性基質の脱却
高野 吉郎
口腔病学会雑誌63(4)1996 p. 539-549

日本における歯牙フッ素症疫学調査の文献的考察
石井 拓男, 加藤 一夫, 榊原 悠紀田郎
口腔衛生学会雑誌32(2)1982 p.2-26

 

 

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PHOTO : Malmo