【エビデンス】なぜ大人の歯にこそフッ化物応用が必要なのか?

投稿者: | 2021年6月16日
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 フッ素(フッ化物)って子供の歯に応用するものというイメージをお持ちではありませんか?今回は、そんなあなたに「大人・高齢者の歯にこそフッ化物応用が必要」と思ってもらえるような記事をお届けしようと思います。※今回は主に根面う蝕の一次予防について記載していきます。

 

1.大人・高齢者の歯にこそフッ化物応用が大切な5つの理由

(1) 子供のう蝕は減って、大人のう蝕は増えているから。

 理由というわけではないんですけれど、大人のう蝕って増えているんですという話です。2021年現在、最新版である平成28年歯科疾患実態調査の結果1)を見てみたいと思います。ちなみに歯科疾患実態調査は2016年(平成28年)から5年に1度の周期に変更されましたので、次回の調査実施は今年(2021年)、公表は来年(2022年)です。

 注目していただきたいのは、前回と比較して若年者では明らかにう蝕が減少しているのに対し、35歳以上の年齢層ではう蝕が増加しているという点です。もちろん、日本では高齢者であっても歯が残っているからというのが理由の一つなんですけれど、なんとなくのイメージで「むし歯は減少している」と思い込まず「子供のう蝕は減少し、大人のう蝕は増加している」と正しく認識したほうがよいと考えられます。

 

(2) 根面う蝕の進行は早く、増加しているから。

 歯肉退縮し露出した根面う蝕はエナメル質の保護がなくセメント質に少し覆われるくらいでほぼ象牙質が露出しているわけですから、普通に考えて酸への抵抗性がほとんどありません。一度う窩を形成してしまうとその進行は早いことが考えられます。また、エナメル質う蝕のように白濁等の初期病変がなく、気付いたときには進行していたということも診断や予防の困難性を増す要因と考えられます。

 日本人の60~78歳の高齢者を対象とした2006年の研究では、高齢者のう蝕で問題になる「根面う蝕」の有病率は39%だったと報告2)されています。実に1/3以上の高齢者が根面う蝕を有しているというデータになっています。この研究から15年が経過していますし、平成28年の歯科疾患実態調査の報告で高齢者のう蝕は増加していますので、現在、根面う蝕を有している患者さんはすごく多いだろうなということが分かります。

 

(3) 歯周病や歯冠修復によって歯冠・歯列形態が複雑化しているから。

 歯周病で歯が残ると、歯肉退縮や歯槽骨吸収により歯の露出面積は増加します。また、インレーやクラウンなどの歯冠修復やブリッジや義歯などの補綴処置も多くなります。それらは歯冠・歯列形態を複雑化させ、口腔衛生状態が低下する要因にもなります。そういった環境の変化が生じてもフッ化物(特に洗口剤)はう蝕を予防してくれます。

 

(4) 唾液分泌量が低下しているから。

 一般に、高齢者の唾液分泌は様々な影響により唾液分泌量が低下しています。唾液による自浄作用が失われ、う蝕や歯周病などが起こりやすい口腔環境になります。

 

(5) 認知機能・日常生活動作が低下するから。

 高齢者の診療をしていると大きなう窩や修復物の脱離に気づかなかったり、明らかに歯ブラシできていないなと思う場面に出会います。脳血管疾患や認知症、パーキンソン病などその他疾患によって認知機能や日常生活動作は低下します。

 

 

2.Q&A

(1) 成人の歯は完成しているのだからフッ化物応用の効果は薄いのではないですか?

 フッ化物のう蝕抑制作用メカニズムを簡単にまとめると①歯質強化、②再石灰化、③菌の代謝阻害によって起こるとされています。以前は①の歯質強化に重点が置かれて歯冠完成した永久歯には効果が薄いと考えられていました。しかし、②再石灰化や③菌の代謝阻害を考慮すると、永久歯列の口腔内であっても効果を発揮することが考えられます。露出した象牙質である根面う蝕にも有効性が明らかになっています(Q&A(3)参照)。

 

(2) 成人の方にはどのフッ化物応用法、製剤をお薦めしたらよいですか?

 まずはフッ化物配合歯磨剤の使用を基本に、フッ化物洗口剤(セルフケア)・歯科医院での高濃度フッ素塗布(プロフェッショナルケア)をお勧めします。場合によってフッ化物バーニッシュ、フッ化ジアミン銀、フッ化第一スズを検討します。成人の方、特に高齢者の方は今までの習慣を変えることに抵抗を示す方が多いです。信頼関係を構築し、じっくりと理解してもらうことが大切です。

 

(3) 露出した根面う蝕にもフッ化物は有効なのですか?

 フッ化物配合歯磨剤(1,450ppm)とフッ化物洗口剤(226ppm)の併用が歯根の象牙質モデルに対する脱灰を抑制し、有効だったとする基礎研究3)があります。また、臨床研究でも高齢者を対象とした研究でフッ化物が根面う蝕の非活動化に有効だったとするランダム化比較試験4)があります。エナメル質と同様に適切にフッ化物応用を実施することで根面う蝕を予防することができます。

 

(4) フッ化物応用に抵抗感を示す患者さんにはどう説得したらよいですか?

 説得よりも、まずはなぜ患者さんがフッ化物を取り込むことに抵抗があるのか?というところを聴取していくとよいと思います。いくらデータによって証明されているなどと有効性や正当性を示したとしても患者さんの理解や納得が得られなければ意味を成しません。「面倒くさい」「安全性が不安だ」「お金に余裕がない」など理由は様々ですので、その患者さんの背景や事情に耳を傾け、それぞれの理由に合わせて対応を検討していくことが必要です。モチベーション向上にカリエスリスク診断プログラム「カリオグラム」も有効だと思います。患者さんの行動変容に導くインタビュー手法「Motivational Interviewing」についてはまたの機会にご紹介してみたいと思います。

 

 

3.参考文献

 

1) 厚生労働省 平成28年歯科疾患実態調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/62-28.html (Retrieved on june 16,2021)

2) Imazato S, Ikebe K, Nokubi T, Ebisu S, Walls AW. Prevalence of root caries in a selected population of older adults in Japan. J Oral Rehabil. 2006 Feb;33(2):137-43. 

3) Arthur RA, Martins VB, de Oliveira CL, Leitune VC, Collares FM, Magalhães AC, Maltz M. Effect of over-the-counter fluoridated products regimens on root caries inhibition. Arch Oral Biol. 2015 Oct;60(10):1588-94.

4) Petersson LG, Hakestam U, Baigi A, Lynch E. Remineralization of primary root caries lesions using an amine fluoride rinse and dentifrice twice a day. Am J Dent. 2007 Apr;20(2):93-6.

 

4.おすすめ

 

本文と全然関係ないんですが、日々の仕事で縮こまった肩甲骨を動かすのに使っています。

 

 

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Photo : malmo