【考察】「EBM 科学的根拠に基づいた医療」「Evidence エビデンス」「Evidence Level エビデンスレベル」ってなんだろう?

投稿者: | 2021年9月13日
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 Evidenceとは「証拠」や「根拠」という意味です.医療・保健分野では「Evidence Based Medicine」と呼ばれ,日本語では「科学的根拠に基づいた医療」と訳されています.「EBM」と略して書いたり呼んだりします.「Evidence Based Medicine」は1991年にカナダのGordon Guyatt教授が提唱したものの略で,現在では広く支持されています.

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大が起こり,一般の方からもたまに「Evidence」と聞くようになりました.なんとなくの感覚なのですが,日本人の歯科医は「Evidence」を誤解していたり,「Evidence Level」までは気にされていない先生が多いように感じています.今回はそのあたりをよく考えてみたいと思います.

 「Evidence Level」は以下のピラミッドで表現されるようなヒエラルキーを持っています.今回は科学研究の基礎の部分「Evidence」「Evidence level」とか「Evidence based medical pyramid」そのあたりをのんびりとわかりやすく考えてみたいと思います.今回,用語については厳密に訳しているのではなく,臨床家の先生や歯科衛生士さんにも読んでもらえるように平易な用語に置き換えて説明していますので,ぜひお付き合いください.

 

1.Evidence based medical pyramidとはなにか

 

 

 上の図は所謂「Evidence based medical pyramid」(エビデンス・ピラミッド)です.部分的に入れ替えてあるものも見られます.勘違いされやすいのですが,このピラミッドは上に行けば質が高いEvidenceということになりますが,下だから単純に質が悪いというような意味ではありません.研究の役割が違うので,一緒にしてしまうことに違和感を感じる方もいると思います.それは間違いではありません.細かいことは抜きにして模式図として眺めながら,それぞれ一つ一つをわかりやすく研究の例を出しながら,簡単に説明してみようと思います.

 

(1) In vitro(test tube) research / 基礎研究(試験管)の研究

 医療の中では再下位に存在するのが基礎研究です.しかし,この基礎研究がなければその後の創薬などの臨床応用はありません.pyramidでは再下位に位置しますが,全ての研究の基礎(ベース)となるものと考えた方がよいかもしれません.Evidenceとしては最下位に存在する研究ですが,科学の発展には欠かせない非常に大切な研究です.ぼくは基礎研究の先生方を尊敬しています.基礎研究は何千回,何万回も実験を繰り返して生み出される汗と涙の結晶のようなものです.

(2) Animal research / 動物実験

 動物実験というと感情的に「かわいそう」だとか「やめるべき」だとかの意見がみられます.科学は感情論を抜きに考えなければなりませんし,動物実験がなければ現在の医学の発展はありません.我が国の実験動物保護関連法は1973年「動物の保護及び管理に関する法律」が制定され,1999年,2005年に改定されています.現在の動物実験は動物愛護的な観点から動物の苦痛等に十分に配慮されています.貴重なデータを取得することができますので,医学に限らず科学の発展には必要不可欠と考えています.基礎研究とセットで研究の基礎をなす非常に重要性の高いものです.

(3) Ideas, Editorials, Opinions / 専門家の意見

 専門家の意見はここに位置しています.「テレビで〇〇先生がこう言っていた」や「専門家がYoutube/Twitterで配信していた」などもこれに該当するのかもしれません.もちろん専門家は専門家として得られた知識・技術を基に紹介していると思うのですが,一部間違った情報や極端な意見などがみられます.最近はだいぶましになったように思いますが,Evidenceを紹介しているのではなく「Evidenceをもとに私はこう考えている」という感じになっているように思われます.

 歯科医師もある意味一般の方々から見ると医療専門職であり,専門家に入るわけです.しかし,様々な媒体を眺めていると明らかに間違っている情報に基づく見解が紹介されていることに愕然とすることがあります.歯科医師がフッ化物配合歯磨剤は危険だと言っていたり,専門外である新型コロナ感染症やワクチンについて言及していたりします.科学の専門家として責任ある行動を取って欲しいなぁと感じてしまうことがよくあります.

(4) Case Reports / 症例報告

 「××に対し〇〇治療した一例」「△△に対して治療に難渋した症例」というような症例報告にはほとんど価値がありません.国内の雑誌にはいまだに症例報告が掲載されることがありますが,Impact Factor(学術雑誌の影響力を数値で示したもの)の高い雑誌に症例報告が掲載されることはほとんどありません.現場では,症例報告は研修医の先生に経験してもらおうというような感じです.もちろん,臨床研究は症例の積み重ねですので,症例は大切ですが症例報告の重要度は高くありません.

(5) Case Series / 症例集積研究

 症例をある程度集積し,シリーズとして作成された研究です.対照群を設定せずに行います.例えば,舌がんに対する放射線療法を何名かの患者さんに実施して,その患者さんたちを観察するような研究です.対照群が設定されていないため,得られない結果が多い研究です.他の分析疫学調査よりもエビデンスレベルが低く,信頼性に欠けるため,現在ではほとんど行われない研究手法です.

(6) Case  Control Studies / 症例対照研究

 病気の原因を過去にさかのぼり調査する研究のことです。患者と対照群(コントロール)を設定し比較します.例えば・・・東京都の舌がんに罹患している40~50代と,対照群として舌がんに罹患していない40~50歳代を選び,生活背景や性別,飲酒や喫煙など舌がんに罹る因果関係をオッズ比で求めます.症例対照研究では厳密にはリスクを求めることが出来ません.

(7) Cohort Studies / コホート研究

 舌がんの研究の例で例えると,因果関係を疑う「喫煙」と「舌がん」の関係性を調査するものです.症例対照研究は暴露群と非暴露群を考慮に入れず,舌がんという「疾病の有無」でリスクについての因果関係を求めるものでした.しかし,コホート研究の場合,喫煙者と非喫煙者に分けて舌がんになったかという「暴露の有無」からリスクの因果関係を求めるものです.コホート研究は相対危険度で求め,症例対照研究と異なり正確にリスクを求めることができます.正確性やリスクの判定という点ではコホート研究のほうが上回りますが,新型コロナ感染症のように広く感染拡大してしまった感染症のような場面は症例対象研究のほうが適しています.

(8) RCT / ランダム化比較試験(無作為化比較試験)

 舌がんの研究で例えると,舌がんに対する手術療法と放射線療法をランダムに割り振って10年後にどちらの治療成績が優れていたかを調査する研究です.信頼性を高めるために多施設で行われることも多い研究です.RCTは治療のガイドライン等,治療の方法・方針を決める大切な研究手法です.

(9) Systematic Reviews and Meta-analyses/システマティックレビュー,メタ・アナリシス

 ピラミッドの頂点にあるのがこの研究方法です.つまりEBMを実践する際に最も有力な研究がシステマティックレビュー,メタ・アナリシスということになります.膨大な量の質の高い研究だけを集め様々な角度から検証を実施したもので,医学分野だと有名なものにCochrane共同計画の「The Cochrane Library」があります.Cochrane共同計画はイギリスの医師で疫学者でもあったArchiebald Cochraneが提唱したものです.

 システマティックレビューのメリットとしては信頼性の高い質の良い結果を得ることが出来ますが,デメリットとしてはある程度研究が出てから開始される研究手法のため,最新の研究結果は得られないということです.また,システマティックレビューに捏造された論文などの不正な論文が含まれ,後程撤回されるということも起こっています.現在発表されているシステマティックレビューが絶対的なものではないことにも留意する必要があります.

 

 Evidence based medical pyramid(エビデンス・ピラミッド)に基づいて,平易な言葉に置き換えてそれぞれの研究内容をご紹介してみました.ものすごくかみ砕いていますので,疫学・統計学をご専門としている先生方から叱られてしまうかもしれませんが・・.研究の手法それぞれにメリット・デメリットがあり,単純なものではないことを理解する必要があると思います.基礎研究は最下位に位置していますが重要性や信頼性が低いということではなく,システマティックレビューは非常に信頼性の高い研究手法ではありますが,絶対的なものではないということなのです.

 

2.EBMからSDM(Shared Decision Making)へ

 よく「データでこうなっている」「エビデンスではこうなっている」とこれがEBMに則った医療なのだと.患者などの意見を否定するような場面が見られます.しかし,2017年,EBMの提唱者であるGuyattがLancetに「EBMはエビデンスだけでは不可能である」と述べ「患者の価値観や思考など,共同意思決定が必要である」としています1).エビデンスの重要性は疑うべくもありませんが,それだけでEBM(根拠に基づく医療)を提供することはできず,患者との共同意思決定(SDM)が必要であるとしています.

 患者の意思に関係なく治療方針を進めてしまうようなパターナリズムでもなく,エビデンスを振りかざすのではなく,医療の現場では患者さんの意思を尊重し,医療チームの中に患者さんも入ってもらい,一緒に考え,病と闘う必要があると考えています.

 

3.Evidence/エビデンスとは,積み重ねられるべき「信頼」である.

 1個論文が出ていればそれを「エビデンスがある」と言ってしまっている先生がいますが,それは論文=Evidenceと誤解してしまっているのだと思います.複数の信頼性の高い論文がいくつも積み重なって「証拠」や「根拠」つまり「エビデンス」が形成されると考えています.個人的にはそれらに加えて「時の洗礼を受けた」価値のある論文を優先して読むべきだと思っています(ただ古すぎるものは科学論文としての価値が薄く,エビデンスは将来的に否定される可能性がある).時代を超えても支持される論文,歯科関係で例えるのであれば一連のJan Lindhe先生やPer Axelsson先生の論文は価値の高いものと考えています.

※村上春樹「ノルウェーの森」の一節

 初めてスウェーデン マルメ大学を訪問した際,予防歯科学の最高峰ということもあって,そこには最新の診査・治療機器や薬剤が揃っているものと思いこんでいたのです.しかし,実際は違いました.日本で見かけるような新しい機器や薬剤はそこにはなく,「旧式ではないけれど・・・」というようなものが並んでいたのです.「スウェーデンの臨床現場ではダイアグノデントは広く使われていますか?」とダン先生に伺ったところ「まだエビデンスが少ないから採用していないよ」と答えたのです.ご存知の通り,ダイアグノデントのエビデンスは比較的多く存在しています.しかし,それでも「まだ足りない」と判断されていたのです.あぁ,エビデンスとは「信頼」つまりそれらは「蓄積」されるものであって,あればよいという単純なものではないのだなと理解することができたのです.

 

 

 

4.参考文献

1)Djulbegovic B, Guyatt GH. Progress in evidence-based medicine: a quarter century on. Lancet. 2017 Jul 22;390(10092):415-423.

 

 

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PHOTO: CPH