【考察】コンビニより多い歯科医院,本当に歯科医師は過剰なのか?~現在と将来予測について~

投稿者: | 2021年11月16日
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 「コンビニよりも多くなった,だから××」などと言われてしまう歯科医院.歯科医師数も過剰と言われています.正直に言うと,職業差別があると感じます.本当のところはどうなのか考えてみました.今回は歯科医療従事者というよりも一般の方向けの記事かもしれませんが,歯科医療従事者の方にも読んでもらえたら嬉しいです.

 

1.そもそもコンビニエンスストアが歯科診療所より少なかった時代はない

 現在,歯科診療所の数は2021年1月時点で68,024軒1),対するコンビニエンスストアの数は2021年1月時点 で55,911軒2)です.公表されている2005年からの日本フランチャイズチェーンの統計調査で「実はコンビニエンスストアより歯科診療所が少なかった時代はない」ことが分かります.こういうことを言う人は「多くの人が毎日利用するコンビニよりも,たまにしかいかない歯科診療所が多いなんて!」とお考えになるのでしょうか?そんなこと言ったら日本に存在する「古墳の数」は2016年度調査で159,636基3)と歯科医院の約2.3倍もあります.ちなみによく比較される美容室(美容所)は2021年度調査で,理容所(床屋さん)を含まず254,422軒と歯科医院の約3.7倍もあります4).コンビニエンスストアと歯科医院では仕事内容が異なります.そもそも歯科診療所数をコンビニエンスストア数などと比較すること自体に意味がないことに気付くべきなのです.

 

2.時代に翻弄される歯科大学・歯学部

 なぜ歯科医師は多くなったのでしょうか?日本における歯科医師数について歴史的な背景を基に考えてみたいと思います.歯科医師養成自体は1890年の高山歯科医学校に始まりますが,大学に格上げになったのは終戦後1946年の東京歯科大学が始まりです.1947年頃からの第一次ベビーブーム,1960~1970年代の高度経済成長期とともに1971年には第二次ベビーブームが起こりました.その結果,小児う蝕の増加や医療保険制度の拡充による影響で歯科の受療(受診)率が増加しました.当然,歯科医師は不足し,1970年に旧厚生省は人口10万人あたり36.5人だった歯科医師数を50人程度まで引き上げる目標を掲げ1970年の城西歯科大学(現 明海大学歯学部),鶴見大学歯学部を皮切りに1979年の長崎大学歯学部まで14校の新設歯科大学・歯学部を認可しました.この結果,1960年に7校で740人程度だった歯学部入学定員数が1980年には29校で3,360名と約4.5倍に増加しました.

 1980年代に入ると一転,歯科医師数過剰が叫ばれるようになります5).2006年「歯科医師の養成数の削減等に関する確認書」により大学歯学部の定員削減および歯科医師国家試験の合格基準引き上げが示されます.現在でも定員削減計画に基づく入学定員削減(2,672人)6),歯科医師国家試験の合格基準引き上げ(例年60~70%程度)が実施され,歯科医師数の増加は抑制されています.国策によって増加した歯科医師ですが,また国策によって削減されているのです.

 

3.日本の歯科医師数は本当に過剰なの?将来は?

 日本の医師数は2018年調査で327,210人です.歯科医師数は104,908 人です7).医科は「内科」や「外科」,「耳鼻科」などがある!歯科は単科なのにその数は多いんじゃないか!と言われるかもしれませんが,歯科にも標榜が認められている診療科だけで「歯科」「小児歯科」「矯正歯科」「歯科口腔外科」の4科があります.さらに解剖や病理などの基礎研究をしていたり,行政機関に勤めていたり,歯科診療所ではなく大学病院に勤務している歯科医師がいます.もちろん他の仕事をしている歯科医師も,働いていない歯科医師もいます.

 歯科医師は養成校の入学定員の削減と歯科医師国家試験の難化により,若い世代で減少傾向にあります.しかし,我が国の超高齢化の影響で歯科医師数は,ほぼ横ばいとなっています(実際に臨床現場の第一線で働いている歯科医師数は減少している).現在,日本の歯科医師数が最も多い年齢層は50~59歳(平均51.8歳)です7) 近い将来,歯科医師数は数字上でも間違いなく減少していくことが見込まれます.

 日本の歯科医療は,う蝕の減少と引き換えに超高齢化により訪問診療や摂食・嚥下,口腔ケアなど活躍の場が広がっているように感じています.需要と供給のバランスを精査せずに一概に「過剰だ!」などと言ってしまうのはいささか乱暴な意見のように感じます.

 

4.諸外国と比べて歯科医師数は多いの?

 よく諸外国と比較してという報道を目にしますが,この諸外国と比較することの意味も理解できません.他国の状況を基準として自国の状況を評価することに意味がないからです.参考までに人口10万人あたりの歯科医師数で比べてみたという値を載せてみようと思います.ただ,この10万人あたりに換算した値だって比較することに意味はあまりないように思います.

 なにはともあれ,日本の歯科医師数は2018年厚生労働省の調査で104,908人となっています7).これは臨床医以外や歯科医の仕事をしていない人も含まれている総数です.人口10万人対歯科医師数は82.4人です.アメリカは2018年のADAの統計で歯科医師数201,117人となっています.人口10万人対歯科医師数は61.0人です8).スウェーデンの歯科医師の統計は2010年のデータでTotal Registered(登録者総数)が14,454人となっていますが,In active practice(臨床医)では7,528人になっています9).人口10万対歯科医師数はTotal Registeredで154人,In active practiceで計算すると80.2人です. このように,他の先進国と比較して日本の歯科が特別多いというわけではありません.
 ※ 参考文献9)の歯科医師数と2010年のスウェーデンの人口を基に算出しました.

 

5.歯科医院・歯科医師数が少なくなると・・・

 日本の歯科医師は医師と異なり一般病院のポストが少ないため,多くは歯科医院を開業もしくは勤務することになります.そのため,歯科医院が多くなっているということもあります.しかし,開業歯科医院が多いことで利便性が高まっているとも言えます.歯科医院・歯科医師が少なくなると,どんなことが起こるのでしょうか?ぼくが今まで見てきた世界の歯科医療現場の情報を踏まえ,簡単に考察してみようと思います.

(1)すぐに診てもらえなくなる
 歯科医院・歯科医師が少なくなると,歯科医院一軒あたりの受診患者数が増えます.多くの歯科医院では予約制ですから,予約自体が取りにくくなり受診できるまでの時間が多くなります.予約を無視して受け入れる歯科医院では診療できないほどの患者さんで待合室が溢れます.当然待合室で過ごす待ち時間が増えます.現在は予約がない患者さんでも受け入れてくれる歯科医院が多いようですが,当然,歯科医院・歯科医師数が減ればこういったサービスはなくなっていくでしょう.

(2)質が低下する
 歯科医だった父から「今から60年くらい前,10万人くらいの町に歯科医が7人しかいなかったから野戦病院状態だったよ」と聞きました.待合室には患者さんが溢れ,不当な治療をする歯科医もいたそうです.歯科医院・歯科医師数が少なくなると,丁寧な治療は出来ず,競争原理も働かなくなるため医療の質は低下してしまうのではないでしょうか.

(3)情報が少なくなり,選択の幅が狭くなる
 現在,インターネット上で多くの歯科医師が発信し,無償で様々な情報提供をしています.もちろんそれらの情報は玉石混交で,優れた情報もあればそうではない情報もあります.しかし,患者さんはそれらの情報を基に色々な歯科医院の中から自分に合いそうな歯科医院を自ら選択することが出来ています.歯科医師・歯科医院が少なくなるということは情報が少なくなり,患者さんの選択肢が少なくなってしまうということです.

(4)歯科医の労務負担が増加する
 日本の多くの歯科医院が個人事業主や法人であっても小規模に運営されています.1医院あたりの患者さん数が増加すると診療はもちろんですが,窓口応対,電話や洗浄・滅菌など診療以外の仕事が増加します.日本の歯科保険は,増額し続ける人件費に見合った保険診療報酬になっていないために,むやみやたらに人を雇い入れるようなこともできません.また労働人口の減少により採用自体も困難になっています.

6.まとめ

 テレビや雑誌等の媒体で歯科vsコンビニというのがみられるようになったのは2000年頃からだと思います.当時,歯科医師過剰が報道され,「ワーキングプア(働く貧困層)」とまで揶揄される状態になってしまいました.ごく一部,そういった先生もいらっしゃるのかもしれませんが,ぼくが知る限りそのような状態に陥っている先生は1人も知りません.そもそも,どの業界にいても成功する人と成功しない人がいるわけで,そういった悪意のある報道によって聴衆が歯科医を蔑み,攻撃の対象としてしまうような状態になっていることに違和感を覚えます.

 また,「昔の歯科医は高級車を乗り回して××」と言った過去の歯科界と比較した論調も見かけますが,戦後生まれでバブルは去り,リーマンショックが起こってから開業したぼくが生きているこの歯科界は,今の歯科界であって過去ではありません.また,患者さんが受診しようとしている歯科医院も過去の歯科医院ではなく,今現在の歯科医院なはずです.

 スウェーデンを度々訪問し,マルメ大学の先生方や歯科医院の先生方と交流をしていると自分の仕事「歯科医療」にプライドを持っているように感じます.クリエイティブな物の考え方,働き方をしています.もちろんそれは収入にも表れています.一方,日本の歯科医療費は50年前とさほど変わっていません.若い世代の歯科医師は減少し,収入も多くありません.歯科医療は医療でもありますが,科学でもあります.「科学の衰退は国の衰退」です. なんとか現状を打開しないと歯科界の将来は明るくないなと感じています.

7.参考文献・データ

1) 厚生労働省 医療施設動態調査(令和3年1月末概数)(Retrieved on November 15, 2021)
2) 一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会“統計データ”
https://www.jfa-fc.or.jp/particle/19.html (Retrieved on November 15, 2021)
3) 文化庁 “埋蔵文化財関係統計資料―平成28年度―”
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/pdf/h29_03_maizotokei.pdf  (Retrieved on November 15, 2021)
4) 厚生労働省 “令和元年度衛生行政報告例の概況”
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/19/ (Retrieved on November 15, 2021)
5) 安藤雄一ら 歯科保険医療の需要と供給に関するページ“資料・文献”
https://www.niph.go.jp/soshiki/koku/oralhealth/juq/jyukyu/document.html (Retrieved on November 15, 2021)
6) 文部科学省“歯学部歯学科の入学定員(令和3年度)”
https://www.mext.go.jp/content/20200904-mxt_igaku-100001063-4.pdf (Retrieved on November 15, 2021)
7) 厚生労働省 “平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計の概況” https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/18/index.html (Retrieved on November 15, 2021)
8) ADA “The dentist workforce ”
  https://www.ada.org/en/science-research/health-policy-institute/dental-statistics/workforce (Retrieved on November 15, 2021)
9) Council of European Dentists “MANUAL OF DENTAL PRACTICE 2015 Sweden”
  https://tandlakarforbundet.se/app/uploads/2017/01/ced-dentistry-in-sweden-2015.pdf.  (Retrieved on November 15, 2021)

PHOTO: malmo

 

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