【エビデンス】歯磨剤(歯磨き粉)に含まれるラウリル硫酸ナトリウム(Sodium Lauryl Sulfate : SLS)は本当に有害無益か?

投稿者: | 2021年4月14日
LINEで送る
Pocket

 市販されている歯磨剤の多くに発泡剤として含まれているラウリル硫酸ナトリウム(Sodium Lauryl Sulfate:SLS)ですが、主に消費者団体や天然成分を好む消費者から毒性・危険性が指摘されています。今回はこのラウリル硫酸ナトリウムの効果と為害性について調べてみましたので、情報を共有していきたいと思います。

※安全性についてのレビューを見つけましたので内容について追記しました(2022,8).

1.ラウリル硫酸ナトリウムとは何か

 ラウリル硫酸ナトリウムは、陰イオン界面活性剤(アニオン界面活性剤)です。別名、ドデシル硫酸ナトリウム(Sodium Dodecyl Sulfate)とも呼ばれています。発泡剤として歯磨き粉やシャンプー、ボディーソープに含まれています。また工業用洗剤や自動車の洗剤としても広く使われている化学物質です。
 まれに「工業用洗剤の成分を口の中に入れるなんて」とか「化学物質は避けなければいけない」なんていう意見も見られますが、これは全くもってナンセンスです。

2.そもそも界面活性剤とは何か

 界面活性剤は様々な製品に「浸透作用」「乳化作用」「分散作用」を目的として添加されます。まずは「浸透作用」についてご説明してみたいと思います。物質を水の中に入れても物質は簡単には馴染んでくれません。これを界面張力(水の分子同士が引き合う力)といいます。界面活性剤はこの界面張力を減少させ、物質の表面の水とのなじみを良くします。次に「乳化作用」です。例えばフライパンについた油汚れに水を流しても分離してしまいますよね。そこに(中性洗剤に含まれる)界面活性剤を加えると水と油が混ざり合うことが出来、キレイに洗浄することができます。最後に分散作用です。ススやチョークのような細かい粉状の物質を水に浮かべると水面に浮いてしまいます。そこに界面活性剤を加えると粉状の物質は水に分散し混ざり合います。分散作用に関連して界面活性が添加されこの分散し混ざりっている状態で再度布を入れても付着しずらくなっています。これは再付着防止作用と呼ばれているようです。
 ざっくり言うと、界面活性剤は洗浄しようとする物質と洗浄剤とのなじみをよくし、汚れを物質から水(洗浄剤)のほうに乳化させ洗浄効率を良くするために添加されているものです。

3.なぜラウリル硫酸ナトリウムは危険視されているのか

 ラウリル硫酸ナトリウムの危険性の指摘は現在に始まったことではなく、界面活性剤の毒性について1960年~1980代に問題提起され、各種団体によって評価が実施されています。

 有害性を指摘している人が挙げているレビューの代表例はFinal Report on the Safety Assessment of Sodium Lauryl Sulfate and Ammonium Lauryl Sulfate Journal of the American College of Toxicology, Volume: 2 issue: 7, page(s): 127-181 1983だと思います。この論文では確かに刺激性を示しています。15%のラウリル硫酸ナトリウムを与えた製剤は20匹中4匹で抑うつ、呼吸困難、下痢、死亡したとあります。眼の刺激試験では10%のラウリル硫酸ナトリウムで角膜損傷(動物実験/ウサギ)を引き起こしたとあります。濃度によって刺激性が増加し、すすぐことによって刺激性は減少したとあります。0.1%から10%の濃度でヒトの皮膚刺激性を試験した結果、刺激は濃度に比例して増加した。ラットに0.25%、0.5%、1.0%のラウリル硫酸ナトリウムを2年間経口投与し続けたが異常は見られなかった。皮膚に長時間接触することを意図した製品では濃度は1%を超えてはならない。とあります。この実験は動物実験でとんでもなく高い濃度で実施されています。内容をよくよく読んでみると、ラウリル硫酸ナトリウムの危険性に対する注意喚起をするだけのものではなく、製品化にあたり適正な濃度を示唆する内容になっています。

 日本では1983年に旧厚生省環境衛生局化学課による「洗剤の毒性とその評価」という界面活性剤の毒性に関するレビューで、過去に行われた毒性試験を基に安全性を報告しています。また、米国でも米国石鹸洗剤工業会(SDA)によって安全性に関する報告書がまとめられ、日本でも翻訳され出版されています。

 2002年に発表されたHERA(Human and Environmental Risk Assessment on ingredients of European household cleaning products)は、各種反復投与毒性試験で得られたAS(アルキル硫酸ナトリウム)の健康へのリスクは極めて低いとしています。これらの報告書、書籍によって界面活性剤の安全性が立証され毒性議論がいったんは沈静化しました。しかし、安全性を立証するこれらの科学的データがあるにも関わらず有害性を指摘する声が再び上がってきているのです。ちなみに現在、ラウリル硫酸ナトリウムの発がん性や催奇形性は様々な論文・報告書によって否定されていますし、易分解性であり環境負荷も少ないです。

 比較的新しいSLSの安全性についてのReview:全文がダウンロードして読めますのでぜひどうぞ.
Bondi CA, Marks JL, Wroblewski LB, Raatikainen HS, Lenox SR, Gebhardt KE.
Human and Environmental Toxicity of Sodium Lauryl Sulfate (SLS): Evidence for Safe Use in Household Cleaning Products.
Environ Health Insights. 2015 Nov 17;9:27-32.

 

4.なぜ歯磨剤にラウリル硫酸ナトリウムが含まれているのか

 教科書的にラウリル硫酸ナトリウムは「発泡剤」として歯磨剤に添加されています。代表的な予防歯科の教科書を読んでみると発泡剤の作用として「有効成分の口腔内への分散」「歯垢の乳化と懸濁化」と記載されています。確かにラウリル硫酸ナトリウムが含まれている歯磨剤は口腔内でダマにならず、すぐに広がるように感じます。また、論文を基に後述しますが洗浄効果(プラーク除去効果)もあります。

 しかし、この泡は「磨いた気になってしまって、よく磨けない原因」と捉えられ不要だという意見も目にします。歯磨剤自体がそもそも不要で、水のみでよいのだという論も目にします。しかしフッ化物配合歯磨剤のう蝕予防効果は絶対に無視できませんし、歯磨剤を使用するほうが使わない歯磨きよりも歯垢除去率が高かったという報告もあります。また、歯垢をつきにくくする効果があるのだとする報告もあります(この辺の論文紹介はまた別の機会にでも)。

 

5.ラウリル硫酸ナトリウムの清掃補助剤としての効果

 このテーマを選んだきっかけなんですが、以前の記事でイエテボリ・テクニックを調べているうちに「スウェーデンでは歯磨剤にラウリル硫酸ナトリウムが配合されていないからできるんだ(←これは誤りでスウェーデンで含まれている歯磨剤には普通にラウリル硫酸ナトリウムが含まれています)」なんて言っている歯科医の記事を見て「へぇ、世の中の人はそんなにラウリル硫酸ナトリウムを敬遠しているのか」と思いました。そして、「そもそもラウリル硫酸ナトリウムは発泡剤(いわゆる洗浄補助剤)として効果があるのか?」というところを疑問に持ちました。そこでまず出会ったのが、イエテボリ・テクニックで有名なスウェーデン イエテボリ大学ビルクヘッド教授らによる論文でした。

Nordström A, Mystikos C, Ramberg P, Birkhed D. Effect on de novo plaque formation of rinsing with toothpaste slurries and water solutions with a high fluoride concentration (5,000 ppm). Eur J Oral Sci. 2009 Oct;117(5):563-7.
 
 イエテボリ大学の16名の歯学部学生を対象とした臨床研究で、5,000ppmの方が低濃度のフッ化物配合歯磨剤ですすぐよりもプラーク形成が少ないよというような研究なんですが、今回のテーマであるラウリル硫酸ナトリウムのところだけを抜き出してご紹介してみたいと思います。
 1.5%のラウリル硫酸ナトリウムを含む水溶液でうがいをするとプラークスコアが減少した。ラウリル硫酸ナトリウムの抗菌作用は細胞膜の構成成分、脂質、タンパク質との作用、細胞壁に吸着、浸透することにある。ラウリル硫酸ナトリウムが細胞膜に浸透すると細胞の透過性が高まり、細胞内の成分が漏出し、細胞が溶解する可能性がある。と書かれています。また、ラウリル硫酸ナトリウムに関する研究結果ですが5,000ppmのフッ化物と1.5%のラウリル硫酸ナトリウムを組み合わせると歯垢の形成を減少させ、プラーク中のフッ化物蓄積量を増加させた。となっています。

Fernanda C, Petersen FC, Assev S, Scheie AA. Combined effects of NaF and SLS on acid- and polysaccharide-formation of biofilm and planktonic cells. Arch Oral Biol 2006; 51: 665–671.

 また、上のビルクヘッド教授の論文で引用されているノルウェーのオスロ大学の基礎研究では、S. mutansの酸産生に対して、プラークとバイオフィルムの両方で抑制効果が認められた。デンタルバイオフィルムでは、ラウリル硫酸ナトリウム単独そしてNaFとの併用で酸産生が抑制された。S. mutansと唾液による細胞外多糖類の形成がラウリル硫酸ナトリウム単独そしてNaFとの併用で減少した。また、NaFとラウリル硫酸ナトリウムの併用により細菌の生存率、乳酸形成、細胞外多糖の形成を低下させる。つまりNaFとラウリル硫酸ナトリウムは相加効果があるのだとしています。

 この2つの研究を読んでみると、ラウリル硫酸ナトリウムにはプラークの洗浄効果を高める働きがあり、フッ化物と併用することで相加効果が得られるという結果になっています。あぁ、やっぱりラウリル硫酸ナトリウムは歯磨剤の洗浄効果向上に寄与している物であって、ただの発泡だけではないんだな。ということがわかります。

 

6.ラウリル硫酸ナトリウムの口腔粘膜への影響

 結論から言いますと、歯磨剤に含まれるラウリル硫酸ナトリウムには粘膜刺激性があるようなのです。ただこれは=(イコール)危険性があるということではないと思います。粘膜刺激性についての研究についてはメタアナリシスも存在しています。今回は海外の文献2件をご紹介したいと思います。

Sälzer S, Rosema NA, Martin EC, Slot DE, Timmer CJ, Dörfer CE, van der Weijden GA. The effectiveness of dentifrices without and with sodium lauryl sulfate on plaque, gingivitis and gingival abrasion–a randomized clinical trial. Clin Oral Investig. 2016 Apr;20(3):443-50.

 この研究はRandomized Controlled Trialです。ラウリル硫酸ナトリウムを含む歯磨剤と含まない歯磨剤で歯肉炎の改善等を比較しています。結果、BOMP、プラーク、歯肉擦過については、両群間で統計的な差は見られなかった。VASで調査した味や爽快感、泡立ちに関するスコアは、ラウリル硫酸ナトリウム配合歯磨剤が有意に有利だったとしています。
 つまりラウリル硫酸ナトリウムが入っていても入っていなくても歯肉炎には統計学的な有意差はなく、VASによる使用感はラウリル硫酸ナトリウムが配合されている歯磨剤の方が評価が高かったというものです。

Alli BY, Erinoso OA, Olawuyi AB. Effect of sodium lauryl sulfate on recurrent aphthous stomatitis: A systematic review. J Oral Pathol Med. 2019 May;48(5):358-364.

 この研究はMetaAnalysisです。もう少し研究の数が必要としながらも、アフタ性口内炎を持つ患者がラウリル硫酸ナトリウムを含まない歯磨剤を使用した場合、ラウリル硫酸ナトリウムを含む歯磨剤と比較して潰瘍数、潰瘍の期間、回数、潰瘍による痛みを減少させた。アフタ性口内炎患者の日常的な口腔ケアにラウリル硫酸ナトリウムを含まない歯磨剤を使用することは有益であると考えられる。としています。

7.まとめ

 今回、「そもそもラウリル硫酸ナトリウムは発泡剤(いわゆる洗浄補助剤)として効果があるのか?」を調べてみました。研究データからラウリル硫酸ナトリウムの洗浄(プラーク除去)効果は無視できないなと感じました。…感じたのですが、粘膜刺激も無視できないなぁという感じでした。

 口腔粘膜炎や口内炎で悩んでいらっしゃる方は非常に多くいらっしゃいます。現在は発泡剤が含まれていないジェル剤や、より刺激が少ないラウロイルサルコシンナトリウムやヤシ油脂肪酸アミドプロピルベタイン液を配合するなど新しい歯磨剤が増えています。発がん性や催奇形性は否定されていますし、実はマシュマロの発泡成分としてFDAが認可しているように使用したからと言ってすぐに毒になるものではありません。ただ、口腔粘膜が傷つきやすい口腔乾燥症をお持ちの方、口内炎がある方/できやすい方、がん治療等で口腔粘膜炎がある方はラウリル硫酸ナトリウム配合歯磨剤を避けたほうがよいのかもしれません。

 今回、一般の方々はどんな認識なのかなと様々なWebページも見てみました。少しびっくりしたのですが、歯科医(院)がラウリル硫酸ナトリウムのネガティブな面ばかりに着目し、高価な歯磨剤を推奨していることが多かったのです。これらは所謂「不安商法」に近いなと感じました。また、さまざまな物の危険性を指摘する本が推奨する商品は「マルチ商法」で販売されているものだったり・・・。モノには必ずポジティブな面とネガティブの両面があります。情報の取捨選択には気を付けて信頼性の低い情報にまどわされてはならないなと感じました。

8.参考文献

日本石鹸洗剤工業会 (JSDA)
https://jsda.org/w/03_shiki/a_kaimen03.html
(Retrieved on April 14,2021)

Human & Environmental Risk Assessment
on ingredients of European household cleaning products

https://www.heraproject.com/files/3-HH-04-%20HERA%20AS%20HH%20web%20wd.pdf
(Retrieved on April 14,2021)

青山博昭 アルキル硫酸エステル塩の安全性について 日本家政学会誌 Vol.6 No.5 327-329 2010

Final Report on the Safety Assessment of Sodium Lauryl Sulfate and Ammonium Lauryl Sulfate
Journal of the American College of Toxicology, Volume: 2 issue: 7, page(s): 127-181
Issue published: December 1, 1983

新予防歯科学 第4版 医歯薬出版

Nordström A, Mystikos C, Ramberg P, Birkhed D. Effect on de novo plaque formation of rinsing with toothpaste slurries and water solutions with a high fluoride concentration (5,000 ppm). Eur J Oral Sci. 2009 Oct;117(5):563-7.

Fernanda C, Petersen FC, Assev S, Scheie AA. Combined effects of NaF and SLS on acid- and polysaccharide-formation of biofilm and planktonic cells. Arch Oral Biol 2006; 51: 665–671.

Sälzer S, Rosema NA, Martin EC, Slot DE, Timmer CJ, Dörfer CE, van der Weijden GA. The effectiveness of dentifrices without and with sodium lauryl sulfate on plaque, gingivitis and gingival abrasion–a randomized clinical trial. Clin Oral Investig. 2016 Apr;20(3):443-50.

Alli BY, Erinoso OA, Olawuyi AB. Effect of sodium lauryl sulfate on recurrent aphthous stomatitis: A systematic review. J Oral Pathol Med. 2019 May;48(5):358-364.

歯みがき剤 ライオン歯科衛生研究所
https://www.lion-dent-health.or.jp/labo/article/tool/02.htm
(Retrieved on April 14,2021)

西口栄子ら
種々のヒト細胞の形態に及ぼす Sodium Lauryl Sulfate と Glycerine の影響
日本歯周病学会会誌 43(1), 1-12, 2001

Bondi CA, Marks JL, Wroblewski LB, Raatikainen HS, Lenox SR, Gebhardt KE.
Human and Environmental Toxicity of Sodium Lauryl Sulfate (SLS): Evidence for Safe Use in Household Cleaning Products.
Environ Health Insights. 2015 Nov 17;9:27-32.

 

9.おすすめ

職場の朝礼で読んでいます(SLSとは関係ありません)。

 

10.関連記事

フッ化物(フッ素)配合歯磨剤の過去と未来

口腔領域のバイオフィルム感染症について考えてみた。

フッ化物応用の効果と安全性

 

 

Photo : malmo