【エビデンス】重曹(炭酸水素ナトリウム)歯磨きの効果や安全性に答えます.

投稿者: | 2022年1月19日
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 メディアで重曹での歯磨きが有効かつ安全でお勧めなどとする記事を目にすることがあります.それは本当なのでしょうか?為害性はないのでしょうか?
今回は重曹と歯磨きに関する唯一のシステマティックレビューを基に記事をお届けしようと思います.

 

1.対象論文の検索

 PubMedで「sodium bicarbonate tooth」で検索すると259件の検索結果でした.システマティックレビューに絞ってみると4件が該当しましたが,研磨剤やエアーアブレーション,ホワイトニング剤に関するレビューであり,重曹(炭酸水素ナトリウム)で歯を磨くという本来の趣旨とは異なるものでした.同様に「sodium bicarbonate toothpaste」を検索すると111件の検索結果でした.システマティックレビューに絞ってみると本レビューのみが該当しました.また「baking soda toothpastes」でも検索してみました.118件がヒットしましたが,システマティックレビューに絞ってみると本レビューのみがヒットしました.

 今回は重曹による歯磨きに関する唯一(2022年1月現在)のシステマティックレビューで,2019年に発表されたオランダのアムステルダム大学歯学部歯周病学講座によるシステマティックレビュー「(The efficacy of baking soda dentifrice in controlling plaque and gingivitis: A systematic review. /重曹歯磨剤の歯垢と歯肉炎の抑制効果について:システマティックレビュー)」を読んでみたいと思います.

 なお,本Blog記事は,システマティックレビューを成立させるために必要なプロセスなどは省略し,臨床家向けにかなり端折って論文の要旨のみを簡単にご紹介している記事です.本レビューはフリーで全文をダウンロードすることが可能ですので詳細につきましてはご自身でご確認ください.

 

今回読んでみる論文

Valkenburg C, Kashmour Y, Dao A, Fridus Van der Weijden GA, Slot DE.
The efficacy of baking soda dentifrice in controlling plaque and gingivitis: A systematic review.
Int J Dent Hyg. 2019 May;17(2):99-116.

 

 

2.調査対象となった研究

 

 本レビュワーは,重曹を含む歯磨剤と重曹を含まない歯磨剤とを比較して,歯垢と歯肉炎,歯肉出血への影響(改善効果)はあるのか?ということでシステマティックレビューを実施しています.検索により184件の論文中,条件を満たしたのは21 件の論文(2,517 名の参加者)でした.43件の比較データが存在し,23件のデータが単回調査(1回ブラッシング後の評価)で,20件のデータが追跡を伴う調査でした.追跡を伴う調査では,1か月から6か月の追跡期間がありました.ほとんどの研究ではブラッシング時間が報告されていなかったり,喫煙の有無が不明だったり,歯ブラシを統一しているデータや自分の歯ブラシを使用させたデータがあったり,対照の歯磨剤の成分が異なっていたりとバイアスリスクが存在していました.また,それらの詳細な調査はできなかったとしています.ということで本レビューの潜在的バイアスリスクは中程度と評価されています.重曹を用いたブラッシングの有害事象は,不快な味,軽度の灼熱感と中等度の知覚過敏症の報告があったとしています.

 本レビュー中のTable2にデータの調査結果が書いてあるのですが,(A)の単回調査の比較では,プラークスコアは1つを除いて重曹がほぼ優れていたとする結果になっています.(B)の追跡調査の比較では,プラークスコアは効果があるとする結果もありますが,あまり差がないという結果が多くなっています.歯肉炎の評価と出血の評価はともにバラつきがあり,重曹のほうが優れているという結果とあまり差がないという結果が存在しています.

 唯一,歯肉炎の評価と出血の評価に関して重曹(炭酸水素ナトリウム)よりも優れているという評価になっているのはフッ化第一スズを対照とした研究でした(Beiswanger BB, McClanahan SF, Bartizek RD, Lanzalaco AC, Bacca LA, White DJ. The comparative efficacy of stabilized stannous fluoride dentifrice, peroxide/baking soda dentifrice and essential oil mouthrinse for the prevention of gingivitis. J Clin Dent. 1997;8(2 Spec No):46-53.).

 興味があったので,この論文を少し読んでみました.重曹での歯磨きは従来のNaF歯磨剤での歯磨きに比べて歯肉炎,歯垢,歯肉出血の有意な減少を認めなかった(あまり変わらなかったという結果).フッ化第一スズと重曹の比較では,プラークスコアは変わらないが,歯肉炎の評価と歯肉出血においてフッ化第一スズのほうが優れていたという結果の論文でした.あまりフッ化第一スズについて深堀りすると本Blogの趣旨とズレていきますので割愛します(別記事をご参照ください)が,フッ化第一スズによる歯肉炎抑制効果は明らかになっており,歯周治療分野では化学的プラークコントロールとして用いられているくらいなので納得がいきます.

 

3.メタアナリシス(統計学的手法を用いた解析)と結果

 本レビューにおけるメタアナリシスによる結果については以下にまとめました.なお,歯肉炎と歯肉出血の改善は単回調査では期待できないことから対象外となっています.また,歯垢除去効果においてわずかながら有効性が示唆されていますが「単回調査では家庭での使用を再現していないために間接的なエビデンスとみなされる」と記載されています.つまり今回の結果では,必ずしもメタ解析によって歯垢除去に対し有効であるというエビデンスが存在するとは結論づけられないということですので注意が必要です.

 

(1)歯垢除去効果(プラークスコア)

 単回調査:わずかではあるが有意に歯垢除去率が向上する.

 追跡調査:効果は認められなかった.

 

(2)歯肉炎の評価

 追跡調査:効果は認められなかった.

 

(3)歯肉出血の評価

 追跡調査:効果は認められなかった.

  しかし,予測区間から今後の研究においてわずかな差が生じる可能性がある.

 

 

4.ディスカッションの要旨

※内容の詳細や,引用されている論文に関しては本文を読んでください.

 

・重曹の濃度とプラーク減少の間に正の関係があるという報告がある.

・重曹の結晶は粒子が他の歯磨剤に含まれる研磨剤の粒子よりも大きく,柔らかいため,歯へのダメージが少ない可能性がある.

・重曹の溶解した重炭酸イオンは,カルシウムイオンと結合し,細菌間の結合を破壊して歯の表面への細菌の付着を阻害するという報告がある.

・重曹はアルカリ性であるため,歯磨剤に含まれる界面活性剤の洗浄作用を高めると考えられる.

・重曹は溶けやすいことが知られているため,実際にプラークの成長を抑制するほど口腔内に長く留まることはないと考えられている.

・最近のシステマティックレビューで,フッ化物配合歯磨剤の使用は,単回ブラッシング実験において歯垢の機械的除去の有効性に寄与しないことが判明している.
 単回使用実験で重曹は歯垢除去に正の効果を示したことから,この成分を歯磨剤に組み込むことは,製品改良の興味深い方法と考えられる.

・歯磨剤に含まれる重曹は,pHを安全な中性レベルにまで上昇させる能力により,効果的な緩衝剤であることが示されている.

・重曹はフッ素入り歯磨剤の脱灰抑制およびエナメル質の再石灰化促進能力を増強しないことが示されている.

・in vitro試験の結果,歯磨剤に重曹を添加すると,フッ化物とエナメル質の反応性を阻害し,主に生成されるCaF2濃度を減少させることが報告されている.
 これは歯磨剤への重曹添加には慎重な処方が必要であることを示唆している.

 

 

5.結論とまとめ

 自然由来の製品が好まれる昨今,重曹での歯磨きが注目されています.本レビューでは,重曹での歯磨きの有効性は他の市販の歯磨剤と同等であるという結果でした.フッ化物配合歯磨剤によるう蝕効果の報告は数多く存在し,複数のシステマティックレビューにより裏付けされていますが,重曹での歯磨きはシステマティックレビューのような質の高いエビデンスを有していません.メリットもありますがデメリットもありますので,天然で安全性が高く効果的などとする論評には一抹の不安を覚えます.以下まとめです.

(1)重曹歯磨きの歴史

 本レビューのIntroductionでも触れられていますが,1970年にカイスの3つの輪で知られる米国の歯科医師Paul H. Keyesにより,重曹を用いたブラッシングが紹介されています.この方法はKeyesテクニックと呼ばれ,一般に「ソルト&ソーダ法」と呼ばれているようです.しかし当時,米国歯周病学会の評価は批判的で,このテクニックの効果は,口腔衛生処置(ブラッシングやフロッシング),プロフェッショナルケアであるルートプレーニングから得られるものであると結論づけています.

 日本でも重曹を配合した歯磨剤は比較的簡単に見つけることが出来ます.重曹を用いての歯磨きはそれほど画期的な発見というわけでもありません.

 

(2)危険性はないのか?

 レビューでも触れられている通り,重曹自体に毒性はあまりないものの,塩分が含まれていることを知っておくべきです.理論上,重曹1gに対し0.7g程度の塩分(ナトリウム)を含むと言われています.歯磨きにしてもうがいにしても服用するわけではありませんが,塩分の制限をしている人には注意が必要です.また,重曹自体は最も古典的な胃薬として使用されているように安全性の高いものと思われますが,重曹として市販されている製品の長期的な安全性や口腔粘膜への刺激性については充分に検討されているとは言えず,本当に安全で効果があるのかどうかは明らかになっていません.

 

(3)歯が削れてしまうことはないのか?

 重曹粒子の大きさは45~300μとかなり大きく,モース硬度は2.5と歯質(エナメル質7,象牙質5~6)よりも柔らかいです.本レビューでも歯の表面の摩耗性が低く支障がないことが報告されています.実際に着色除去に用いられている製品にも配合されているように,健全なエナメル質を痛めてしまうことはあまりなさそうです.しかし,実際の口腔内はin vitroで用いられるような試験試料のようにはいかず,初期う蝕などの石灰化度が低下したエナメル質や露出した根面を考慮すると,歯磨剤として使用することに全く問題や不安がないとも言い切れません.

 

(4)厳密に規格化されたものではない

 市販されている重曹入り歯磨剤に「研磨剤未配合」とうたう製品があります.この製品には重曹が含まれているものの研磨剤としてではなく基材として配合されているのだというのです.しかし,重曹が含まれていれば研磨性を有しますし,研磨剤未配合としてしまうのには疑問が残ります.このように歯磨剤として市販されている製品でもこのような状況ですので,食品や清掃用に市販されているものは医薬品として規格化されたものではないため,製品によって成分や粒子にかなりバラつきがあるものと思われます.

 

(5)重曹のホワイトニング効果とは?

 重曹にはホワイトニングで用いられている薬剤のように,歯の内部の色素を分解し明度をあげる効果はありません.しかし,重曹の粒子による外因性の色素沈着を減少させる効果はあります.つまり厳密にはホワイトニング効果を有するものではありません.

 

(6)う蝕予防効果はあるのか?

 本レビューではう蝕予防に関する評価は実施されていません.つまり,重曹による歯磨きのう蝕予防に対する質の高いエビデンスは現在,存在していません.そもそも重曹による歯磨きでのう蝕予防の研究が少ないことや,今回のレビューのようにバイアスが大きいことから実現は困難なものと思われます.う蝕予防としてエビデンスを有しているものにフッ化物配合歯磨剤があります.あえてエビデンスを有しない重曹を用いて歯磨きをする特段の理由は見つかりません.

 

(7)使用が勧められる場面は?

 重曹はpHがアルカリ性のため,食事によるpH低下をすみやかに上昇させる緩衝効果が期待できます.カリオグラム等で緩衝能が低いと評価された場合には食後,重曹水溶液でうがいをするのはよいことなのかもしれません.

 

ひとりごと・・・

 どうしても使用するのであれば,重曹水溶液でのうがい程度にとどめておくことをお薦めします.

 

おすすめ

 

NaF(1,450ppm)とリン酸カルシウムが配合された画期的な製品です.

 

重曹は油汚れのお掃除にどうぞ.

 

「アセス」も「デマックス」も重曹が配合されていますが研磨剤は入っていないんですって….

 

 

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